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side晴可~溺れる

「……晴可先輩」


 ため息と共に吐かれた微かな声を俺は聞き逃さなかった。


「呼んだ?」


 壁の方を向いて丸まっている彼女の小さな耳に囁くと、雅ちゃんはすごい勢いで振り返った。

 なかなかの反射神経だ。

 振り返った雅ちゃんの顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。

 耳元に口を寄せていた俺と雅ちゃんの距離はほとんどないに等しい。

 俺はその距離を難なくゼロにした。



 このところ俺は忙しかった。

 大学には四年も通うつもりはないので出来る限りの講義を受けるようにしていた。

 同時に先輩に誘われて他の大学の経営サークルに顔を出したり、虫退治に奔走したり。

 だからという訳ではないが、俺は雅ちゃんが不足していた。

 寝顔は見たけど。

 ちょっとキスくらいはしたけど。

 だから今日こそはと急いで帰ってきた部屋の明かりが消えていて、ベッドの上で丸まる雅ちゃんを見た時には今日も寝顔だけかとがっかりした。

 そこに聞こえた雅ちゃんの声。

 しかもそれが思いがけず俺の名前だったからテンションが上がっても仕方ないやろ?

 という訳で気が付いた時には雅ちゃんは腕の中でくったりしていた。


「ごめん。やりすぎた」


 そう言って雅ちゃんの顔を覗きこむ。

 雅ちゃんはくちびるを赤く腫らして焦点の合わないとろんとした目で俺を見た。

 やばい。

 俺の中の雄が急に暴れ出しそうになる。

 俺は雅ちゃんの体をぎゅっと抱きしめ、深く息を吸う。

 柔らかい体に芳しい香り。

 それを俺だけのものにしたい欲求が急速に高まっていく。

 

「は、るかせんぱ、い?」


 不埒に動く俺の手に雅ちゃんの体が微かに強張った。

 その声は不安に揺れている。

 俺はぎゅっと拳を握りしめ、彼女の触り心地のよい体から手を離す。

 その手を雅ちゃんの頬に添えた。

 涙の滲んだ目尻をそっと拭うと彼女は恥ずかしそうに目を逸らせた。


「ごめんな?淋しかった?」


 そうわざと聞くと雅ちゃんの頬が一層赤く染まる。

 またそんな困った顔して、俺を煽ってるの分かってる?

 気を紛らわせるために雅ちゃんの目尻にちゅっとキスを落とした。


「……ベッドが、広いから……」


 俺の胸に顔を押し付けて小さくつぶやく雅ちゃんが可愛すぎて……。

 う~~~~。

 それは文句?

 それとも誘てるん?

 俺の心の中で理性と欲望が死闘を繰り広げる。

 ……あれ?

 ふと気が付くと、雅ちゃんの体からいつの間にか力が抜けていた。

 ……寝てる。

 雅ちゃんは俺の腕の中で気持ちよさそうな寝息を立てていた。

 ……無防備にもほどがある。

 はああああああっと特大のため息をついて俺は雅ちゃんの首筋にがっくりと顔を埋めた。


 こんなにも俺が執着してるのを君は分かってるんやろか。

 強引に婚約まで押し切ったけど、俺と雅ちゃんの間には明確な温度差がある。

 だから彼女を失うのが怖くて、彼女が傷つくのが怖くて、全てのものから彼女を遠ざけておきたいと願ってしまう自分がいる。

 自分だけを見ていればいい。

 自分だけの言葉を聞いていればいい。

 それがどんなに愚かな願いなのか分かっているのに、やめられない俺はどうしようもなく小さい男だ。

 

「ごめんな」


 穏やかに眠る雅ちゃんを包むように抱きかかえ、布団の中に潜り込む。

 明日、起きたら怒るやろなあ。

 そう思いながらも計画を変更する気はさらさらない。

 温かくて柔らかな彼女の体を抱きしめながら、俺は久しぶりの充足感に満たされ、穏やかな眠りに落ちていった。 


 




 

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