side雅~ベッドのつぶやき
この頃疲労が半端ない。
晴可先輩との婚約破棄を迫る豪徳寺ありさを筆頭に幸田くんの親衛隊と、新たに新設された木田先輩の親衛隊がうるさくて仕方ないのだ。
制裁、というほどではないが、登下校や休み時間、移動教室で廊下を歩いていると必ず誰かがどこからか現れて嫌味を言っていく。
一言二言から延々三十分近くまで、そのパターンは色々なのだがいい加減疲れてくる。
また普段なら聞き流せても、こちらのメンタル次第では心に突き刺さる言葉もある訳で。
交流会を明日に控えて私は早々にベッドに入ることにした。
無駄に広いベッドの端っこで布団にくるまる。
この部屋のもう一人の住人、晴可先輩とはここ一週間ばかり顔を合わせていない。
隣で眠った形跡だけが残されていたこともあったけど、全く帰ってきていない日の方が多かった。
忙しいんだろうな。
それは分かっている。
一日も早く独り立ちすること。
きっとそれは私のためなんだろう。
だけどな~。
なんで勝手にベッドを広くするんだ。
シングルベッドだった時にはなかった、私の背中の向こうに広がる大きすぎる空間が酷く私を淋しくさせる。
それが私を酷く不安にさせるのだ。
中学の時、全てを失くし、全てを捨てて一人でここに来た私。
何も欲しくないと思っていた。
自分以外の何も信じられなかった。
そんな私の心の中に晴可先輩は無理矢理入りこんだ。
不釣り合いなのは充分なほど分かっている。
晴可先輩に相応しいのは自分ではないと、誰よりも分かっているのは私なのだ。
だけどどんなに嫌だと突っぱねても、その長い腕で広い胸に包み込まれてしまえば、私にはどうすることもできなかった。
だから私は苦しい。
抱き寄せられる腕が。
与えられる言葉が。
触れられるくちびるが。
心地よければその分だけ失うことが怖くなる。
両親を、夢を、失った時の喪失感が虚無感が、私を怯えさせる。
失う苦しみを知っているからこそ、何も手にしたくなかったのに。
晴可先輩から与えられるものが大きすぎて、時々無性に不安になる。
広いベッドはその象徴。
二人でいれば何でもないこの空間は一人でいるには広すぎる。
もし晴可先輩を失うようなことになれば、それに私は耐えられるんだろうか。
広いベッドの片隅で小さく丸まりながら、私は眠気が訪れるのをじっと待っていた。
だけどこんな時に限って睡魔はやってこない。
神経が高ぶっているからか。
私はため息をついた。
晴可先輩がいたら黙って抱きしめてくれるだろう。
その温かさに包まれればきっとすぐに眠れるのに。
「……晴可先輩」
思わずため息と共に愛しい人の名前が冷たいシーツの上に零れ落ちた。