side雅~憂鬱の原因
「夜はちゃんと眠れてる?」
そう言った幸田くんの顔を見て私は確信した。
幸田くんは晴可先輩が私の部屋に来ているのを知っていると。
まさか一緒のベッドに寝ることになるとは思っていなかった私は、いつの間にかシングルサイズからダブルサイズに変わっていた自分のベッドを見て言葉を失った。
でも晴可先輩は言葉通り、私の嫌がる事は何もしなかった。
眠る時は窮屈だけど、晴可先輩の腕の中は安心できる。
人の体温がこんなに気持ちいいものだと、私は初めて知った。
いや、そんな事を言いたい訳じゃない。
つまり私が疲れているのは晴可先輩が原因ではないのだ。
「あら、朝霧先輩。ごきげんよう」
そうこの声。
これが私の憂鬱の原因。
「ちょっ!何を無視して通り過ぎようとしてるんですか!?この豪徳寺ありさが挨拶してさしあげているというのに!」
ああスルーしそこねたか。
仕方なく私は足を止める。
「こんにちは。お元気そうね。豪徳寺さん」
「ありがとう。朝霧先輩はお疲れのようですわね。やはり身の程もわきまえずお入りになった生徒会は荷が重いのではありません?」
「……そうかもね」
「そうでしょう?同じように身の程をわきまえない婚約も解消すべきではありませんか?」
「……」
「何でも身の丈にあったものが良いのです。貴島病院との縁談も朝霧先輩には荷が重すぎます。わかってらっしゃるでしょう?」
「……」
「それに知ってらっしゃる?もともと貴島様には私の従姉妹との縁談が進んでいたのですよ?それをあなたが貴島様の優しさに付け込んで我儘を仰るから、みんな迷惑しているんですのよ?庶民のあなたにはお分かりにならないかも知れないけれど、私たちの世界では恋愛は恋愛、結婚は結婚なのです。そこのところをわきまえていただかないと、本当に困りますわ」
「……悪いけどそういう事は直接貴島の方に言ってもらえるかしら」
「まあ。煩わしい事は全て貴島様に任せようという魂胆なのかしら。本当に厚かましい。それに私の申し上げたい事は貴島様の事だけじゃありませんわ。婚約者がいるにも関わらず、睦月さまを始め生徒会役員を侍らせるのはやめていただけないかしら」
めんどくさい。
私がため息をついても彼女の演説は終わらない。
大体内容は同じなので聞くのもしんどいのだ。
去年は良かったな~。
晴可先輩の親衛隊長である玉紀先輩のおかげで私の学園生活は穏やかだった。
雅会とかいう訳の分からないものには戸惑ったけど。
晴可先輩が卒業した今、もちろん晴可先輩の親衛隊はないけど、幸田くんや真田くん、笹原くんの親衛隊は健在だ。
なかでも幸田くんの親衛隊には過激な子が多く、その子たちに私は良く思われていない。
その筆頭がこの豪徳寺ありさなんだけど。
まだ終わらないかなあ。
意識を半分とばしていたら突然豪徳寺さんが黙った。
ん?と彼女を見ると先程とは全くちがう表情を浮かべている。
その視線の先にはこちらに向かって歩いてくる幸田くん。
そういうことか。
好きな人には可愛く見られたいんだよね。
実際、頬をピンク色に染め潤んだ瞳で幸田くんを見る豪徳寺さんは、さっきまでとは別人のように可愛らしい。
「こんなところにいたの?これ忘れ物」
熱い視線を向ける豪徳寺さんをさらりと無視して、幸田くんが私にプリントを差し出した。
「ああ、ありがとう」
それを受け取り鞄にしまっていると幸田くんが私の肩を押した。
「?」
「送ってくよ」
真意が分からず眉をひそめる私に幸田くんは意味深な笑みを返す。
「変な虫が付くと晴可に叱られるしね」
最初から最後まで、豪徳寺さんを華麗に無視して幸田くんは歩き出す。
肩に添えられた手は意外に力強く、私も歩かざるを得ない。
ちらり、と豪徳寺さんを見ると、恐ろしい顔で私を睨んでいた。
はあ。
変な種は蒔かないでほしいんだけどな。
背中に刺さる視線を感じながら、私はため息をついた。