side晴可~疑問
俺は何やってるんやろなあ。
薄暗い狭い天井裏に座り込んでため息をつく。
ここには以前も潜り込んだことがある。
雅ちゃんを傷つけるのが怖くて、雅ちゃんから距離を置こうとした時。
思いがけずも雅ちゃんが追いかけてきてくれて、逃げ回りながら何だか妙に幸せを感じていた一年前の冬。
今は逃げている訳じゃない。
婚約解消を願い続ける雅ちゃんの説得を何度か試みた結果、雅ちゃんは俺の顔を見るだけで過呼吸の発作を起こすようになった。
だから彼女には会えない。
でもどう見ても様子のおかしい彼女を放っておくことなど出来る訳がない。
元々乏しかった表情を全て失くして、どんどん痩せていく彼女を。
大学も、社交も、全てを放り出して俺は雅ちゃんを見守った。
見守るだけで何も出来ないこの状況は、非常に歯がゆい。
雅ちゃんの世話は木田に任せてあるのだが。
ちゃんと食べさせてるんやろか。
笹原に伴われ生徒会室に入る雅ちゃんを見て、思わずため息が漏れる。
誘拐事件以来、体調不良でかなり痩せたが、それは今と比べればまだまだマシな状態だった。
抱きしめれば折れてしまいそうな雅ちゃんを見て、何とかしてやりたくて何もしてやれない自分が情けなくて仕方ない。
そんなもの思いに捕われているうちに、階下では衿香ちゃんと生徒会役員たちが話を始めた。
どうやら木田と真田は、衿香ちゃんが俺の婚約者の座を狙ったと考えているらしい。
なんでそんな考えに至るのか、よく分からない。
突然、衿香ちゃんに掴みかかる木田と慌てて止める睦月。
ほんま木田は雅ちゃんのことになると見境なくなる。
……と言うか。
あれ?
ふと俺は何か違和感を感じた。
なぜ、俺は衿香ちゃんに何も感じない?
真田や木田が言う通り、花嫁候補筆頭である衿香ちゃんが、雅ちゃんを排除しようとしていた可能性はゼロではない。
だがなぜか俺はそんなことはないと確信している。
なぜだ?
衿香ちゃんは、そんなことはしないからだ。
でも「なぜ」俺はそう言い切れるんだ?
衿香ちゃんが直接手を下していないとしても、裏でかんでいる可能性は否定できないのに。
同じ花嫁候補として、豪徳寺の娘と彼女が手を結んでいてもおかしくはないのに。
なのに俺はその可能性を考えることもなく、衿香ちゃんなら雅ちゃんに近付けても大丈夫だと思っていた。
なぜだ?
雅ちゃんを傷つけるありとあらゆる可能性のあるものを、排除しようとしてきた俺が、なぜ衿香ちゃんに関してだけは無条件で信用した?
俺が悶々と悩んでいる間に、階下では衿香ちゃんの演説が始まっていた。
「大体、婚約披露は雅先輩を表舞台に立たせて、貴島さんの盾にすることでもあるんです。それすら分からない貴島さんの隣にいても、雅先輩は苦しむだけです」
あ~、俺けちょんけちょんやん。
以前にも言われたことだけど、改めて聞いてもやっぱりヘコむ。
婚約披露は俺なりに真剣に考えたことだ。
雅ちゃんを守るには最善の策だったはずだ。
けど裏を返せば衿香ちゃんの言うように、雅ちゃんの顔は社交界に知られることになり、認知度と共に危険度も上がることになる。
そんな簡単なことに気付けへん俺は、やっぱり雅ちゃんを守る資格なんかないんかも。
がっくり肩を落とす俺の耳に突然、ぱんっという小気味よい音が飛び込んできた。
雅ちゃんが衿香ちゃんと対峙していた。
無表情だった雅ちゃんの顔に浮かぶのは、怒り?
雅ちゃんの口から出てくる俺を庇う言葉に、俺は愕然とした。
「もし私と出会う前に、晴可先輩があなたと出会っていれば、きっと彼はあなたを選んだはずだと思う。もしそうなれば、晴可先輩は何の苦労をすることも、何の誹りを受けることもない……」
雅ちゃんは衿香ちゃんの方が俺の婚約者に相応しいと思っていたのか。
『いつかあなたは気がつく』
そう口にした悲しげな表情が頭に浮かぶ。
同時に、自分の衿香ちゃんに対する態度が他の花嫁候補に対するものと如何にかけ離れていたものなのかを自覚する。
俺は大バカ者や。
大事な人にどう思われてるかも気付かずに。
ただ闇雲に自分の欲するままに行動して。
頭を抱える俺を階下から呼ぶ声が聞こえた。
「……だそうですよ。貴島さん」
何も考えることなく、俺は天井裏を飛び出していた。




