side雅~喪失
晴可先輩から正式に婚約を解消するという手紙を受け取った日。
私は生まれて初めて一晩中泣き明かした。
人間の体内の水分ってどうなっているんだろう。
このまま干乾びてしまうんじゃないだろうか。
そう思うくらい泣いても、涙はあとからあとから溢れだした。
そうやって迎えた朝。
私は自分の中の感情が死んでしまったことに気が付いた。
何をしても何を見ても何をされても。
私の感情が動くことはなかった。
木田先輩がそんな私を見て一瞬顔を歪めたが、それでも何も感じなかった。
そして何も変わらない学園生活が始まった。
「どういうことですの?一体兄に何があったのです」
誰だったっけ、この子。
長いまっすぐの黒髪。
どこかで見たような気がするけど。
「聞いてらっしゃる!?あなたと貴島さんの婚約披露パーティーの夜以来、兄が家に戻っていないの!あなた、何か知っているでしょう!?」
ああそうか。
豪徳寺ありさ。
豪徳寺さやか。
豪徳寺……。名前を覚えていないあの男。
そういうことか。
彼らの繋がりを確認しても何の感情も動かなかった。
「知らないわ。まだ他に用がある?」
抑揚なく答えると彼女はびくりと肩を震わせて押し黙った。
「用がないなら行くわ」
そう告げて私は歩き出す。
あの時の男がどうなったのか、私は本当に知らないのだから。
「あなたは、私の家を、豪徳寺を、どうしたいの!?」
悲痛な声が私を追ってきたが、振り向こうとも思わなかった。
豪徳寺家をどうしたい訳でもない。
今の私にそんな力はないし、私から豪徳寺家に接触した訳でもない。
勝手にちょっかいをかけて、勝手に痛い目をみて、勝手に被害者面をしないでほしい。
そう思いながらも不思議に怒りの感情は湧いてこなかった。
そんなある日。
図書室に向かう途中の廊下で笹原くんに会った。
どうしても目を通して欲しい書類があるという笹原くんに連れられて、久しぶりに生徒会室へと向かう。
「ちゃんと食べてます?ダイエットは美容の敵ですよ?」
そう言う笹原くんに「ちゃんと食べてるよ」と答えるが実際あまり食べていない。
食べても美味しいと感じないし、第一空腹も感じない。
笹原くんが悲しげに微笑むのが目の端に映った。




