side木田~遺言
とうとう雅が晴可に三行半を突きつけた。
それを聞いた時、やっぱりなと俺はつぶやいた。
晴可には自覚が足りねえ。
雅は晴可が思うよりずっと晴可に惚れている。
ただ顔に出さないだけだ。
それなのに晴可は雅以外の女を大事にしやがった。
大事にしたと言っても大したことじゃない。
ただ下の名前を呼んだだけ。
もちろん雅のことを蔑ろにした訳でもない。
だが雅以外の女に全くと言っていいほど興味を示さなかった晴可のそれは、雅にとっては青天の霹靂だっただろう。
しかも晴可自身、無自覚なのだから、たちが悪い。
自分が普段花嫁候補をどんな目で見ていたのか、衿香を見る目がそれとどのくらいかけ離れているのか、全く分かってない。
だから時間の問題だとは思っていた。
雅の中の何かが壊れるのは。
しかも間が悪いときてやがる。
窓の外に遠ざかる相合傘の二人を捉えて、俺はため息をついた。
俺の肩に押し付けた雅の頭が震えている。
じわじわと沁み込む冷たい涙に構わず、俺はその頭を撫で続けた。
「幸せにしてやってよ」
美月はそう言って笑った。
正月に雅を連れていったあと、寒さの厳しくなる中、美月の体調は一気に崩れた。
げっそりとやつれた美月は、それでも綺麗だった。
人外の女に時折現れる原因不明の病。
周りはただやせ衰えて死んでいくのを見ているしかない死の病。
「なに言ってるんだよ。あいつは晴可のだ」
俺がそう言うと美月は鼻で笑った。
「奪っちゃいなよ。晴可なんかでは幸せに出来っこないって」
「簡単に言うなよ。伴侶だぜ」
「伴侶かあ。でも伴侶ならなおさら、奪っちゃえば?命を懸けて」
「お前、俺に死ねって言うの?」
「憧れるなあ。命を懸けた恋」
「俺はお前に惚れてるから、そんな馬鹿げたこと出来ねえよ」
「……」
突然黙りこんだ美月の顔を覗きこむと、なぜか怒ったような顔をしていた。
「なんだよ」
「……そんなことさらっと言わないでよ」
「なにが?」
「惚れてる、だなんて。今になって生きたいって思っちゃうじゃない」
「生きろよ。一分でも一秒でも長く。俺の傍にいろよ」
「祐真」
悲しそうな目で美月は俺を見た。
やせ衰えた手が俺の髪を力なく撫でる。
「私が死んでも、私のこと忘れないでほしい」
「当たり前だろ」
「だけど祐真には幸せになってほしいの」
「お前が俺を幸せにしろよ」
「無理言わないで」
「無理じゃねえ」
「祐真」
美月の手を取って、そっとその手にくちづける。
「あの子には幸せになってほしい」
美月は遠い目をしてそう言った。
「私にこんな幸せな時間をくれたんだもの。幸せになってほしいの。私の分も」
そう言って美月は目を閉じた。
それからしばらくして美月はこん睡状態に陥った。
だからお前は幸せにならなきゃならねえ。
俺の肩で震える雅に心の中で話しかける。
我慢すんな。
悲しみは全部吐き出しちまえ。
例えひとときでもいい。
お前の悲しみを受け止めることが出来たら。
お前の苦しみが軽くなるなら。
俺と美月との約束だから。
お前は幸せにならなきゃならねえんだよ。
雅。




