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side晴可~憤り

 赤いドレスの上に白衣を羽織った祥子が俺をじろりと睨みつけた。


「過呼吸の発作ね。一体なんの話をしたの?」

「なんのって……」


 別れてくれと言われたとは言えずに口ごもる俺に祥子は手加減なしで詰め寄る。


「病人だって、分かってて、婚約披露したんだったわよね?無理だって、私が言うのを押し切って」

「……」

「雅ちゃんの精神状態が悪いの、本当に分かってる?」

「うん」

「じゃあ何の話をしたのか、主治医の私に話しなさい」


 ぎろりと睨まれ、俺は両手を上げた。



「ふうん。別れ話ねえ。やっぱり雅ちゃんはあんたに愛想を尽かしてたんじゃないの?」

「なんで!?」

「だってあんたと付き合うようになって、この子苦労ばっかりしてるじゃない?やたら拘束の厳しい彼氏に監視され、女の子たちからやっかまれ嫌味を言われ、誘拐され、暴力を受けた?」

「それは……」

「まあそれにしてもいきなり別れ話っていうのも、ねえ」

「……」

「なにか気になったこと、ない?」

「え?」

「会話の中で、違和感とか感じなかった?」


 違和感。

 祥子に言われ、ふと俺は気がつく。

 一つ気になると言えば。


「雅ちゃんにさ、婚約披露するから名前を呼ぶ時に先輩呼びはやめてって言うたんやけど」

「なにそのこっぱずかしい話は」

「いや、だからそうじゃなくて。そしたらすっごくスムーズに晴可先輩から晴可さんになったんや」

「はあ?」

「分からん?あの照れ屋な雅ちゃんが何の躊躇もなく晴可さんって俺のこと呼んだんやで?それから一回も間違って晴可先輩って呼ぶことはなかった」

「……で?」

「それが婚約解消してくれって言った途端、晴可先輩に戻ってた」

「……」


 それがどうしたと言われるかも知れないが、俺にとっては大きな違和感だった。

 車の中で初めて『晴可さん』と呼ばれた時のことを思い出す。

 あの時にも感じた違和感。

 嬉しいはずのそれは、なぜか俺の心には響かなかった。

 


「時間が必要だわ」


 しばらく考え込んでいた祥子がぽつりと言った。


「雅ちゃんと会うのはしばらく控えなさい」

「はあ!?」


 こんな時にこんな状態の雅ちゃんを放っておけと?


「これは主治医の指示よ?今のあんたに出来るのは雅ちゃんの意思を受け入れることだけ」

「ちょお待って?じゃあ婚約解消しろと?」

「そこまで言ってないじゃない」


 情けない声を出す俺に祥子は困ったように微笑む。


「きっと、何かあったのよ。誘拐のときに。だけどそれを豪徳寺さやかに聞くことはもう出来ない。あんたのせいでね。私の仮説だけど、もし雅ちゃんが何らかの暗示を掛けられていたとしたら」

「暗示?」

「仮説よ?でも晴可さんと呼んでいたのが急に晴可先輩に戻ったんだったら、婚約解消が暗示を解くキーワードだったのかも知れない」

「あの女……」

「落ちつきなさい。仮説だと言ってるでしょう?もし暗示が解けたのだったら、雅ちゃんの体調も良くなっていくはずだから。だけどあんたが不用意に雅ちゃんを刺激すると不安定なあの子はどうなるか分からない。時間が必要なのよ?」


 ぎりぎりと歯を食いしばりながら俺は雅ちゃんを見つめた。

 なんで俺はいつも。

 そんな俺の肩を祥子が軽く叩く。


「大丈夫。あんたから雅ちゃんを取り上げたりしないから。少しの間、我慢してなさい。あんたにはこの子のためにしなくちゃならないことがあるでしょう?」


 そうや。

 そやけど雅ちゃんが戻ってきてくれへんかったらどうするん?

 まるで子供の駄々や。

 分かっているけど、今すぐにでも雅ちゃんを自分の腕の中に閉じ込めてしまいたいという欲求が理性を突き崩そうとする。

 そんな俺のことなどお見通しの祥子は止めの一言を俺に投げつけた。


「このままじゃ本当に雅ちゃんはあんたの元に戻ってこないわよ」


 誰にも投げつけることの出来ない感情の嵐を抱えて、俺はその場に立ち尽くした。


 

 

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