side雅~決意
「婚約を解消してください」
そう口にした時、なぜか重い荷物を下ろしたようにほっとした。
「ちょっと待って。なんでそんなこと」
私は晴可先輩の顔をじっと見つめる。
困ったような焦ったような、でもまだ私の言葉を信じていないような晴可先輩に私ははっきりと告げる。
「あなたにはもっと相応しい人がいるはずです」
そう。
私に出会っていなければ、あなたはきっと彼女を選んでいた。
軽やかに揺れる菫色のドレス。
今日あなたの隣に立つべきだったのは彼女だ。
彼女ならばなんの誹りを受けることもなく、晴可先輩は幸せになれる。
「あのな?雅ちゃん?誰のこと言ってるんか知らんけど、俺が欲しいんは雅ちゃんだけなんやって何回言ったら分かるん?」
そう言う晴可先輩の顔は怖いほど真剣だ。
それを信じない訳じゃないけど。
もう彼女の存在が分かってしまった以上、私は晴可先輩の隣に立つ訳にはいかない。
お願いだから、もう私の事は放っておいてほしい。
あなたの手の温もりを忘れさせてほしい。
失うことを知りながら、これ以上あなたの隣には、いられない。
「晴可先輩は気がついてないだけです。あなたに相応しいのは私なんかじゃない。私はいつも晴可先輩に心配をかけるだけの存在だから。あなたの力になれない存在だから。いつかあなたも気がつく」
「なに言うてんの?訳分からんことばっか言うとほんま怒るで?なんで俺の気持ちを勝手に決めるん?俺の雅ちゃんに対する気持ちを、なんで信じてくれへんの?」
私の両肩を掴む晴可先輩の言葉に怒気が混じる。
あざが出来てしまうほど両手に込められた力に、竦んでしまうほどまっすぐに私を見るその瞳に、晴可先輩の本気を感じずにはいられない。
だけど。
「だって、だって私は……」
『あなたは相応しくない。
いつか晴可さんはそれに気がついてあなたに背を向けるわ。
背を向けられてあなたは耐えられる?
あなたから離れるのよ?』
分かっている。
『衿香ちゃんに近づきすぎたらあかんで。』
幸田くんにそう言った晴可さんの真意は。
『衿香ちゃん』
そう呼ぶのは彼女のことを無意識に認めているということ。
だから私は。
これ以上。
ここにいてはいけない。
「……っ!!?」
ひゅっと突然喉が鳴った。
「雅ちゃん?」
息が、できない。
急激に息が苦しくなって私はパニックに陥る。
空気を吸いたいのに、吸っても吸っても楽にならない。
喉から悲鳴のような高い声が勝手に漏れる。
「ちょっ!?雅ちゃん!?」
慌てる晴可先輩の顔が霞んでいく。
そのまま私の意識は途絶えた。




