side晴可~悔い
雅ちゃんが豪徳寺本家の長男に襲われた。
その事実を知らされたのはパーティーの招待客が全て帰ったあとだった。
祥子に案内されて薄暗い病室に入る。
ベッドには片頬に大きなガーゼを張った雅ちゃんが眠っていた。
「多少の打ち身があるのと、口の中を切ってる」
祥子が低い声で告げた。
「豪徳寺は?」
自分でも驚くほど低く冷たい声が出た。
「貴島で拘束している。けどあんたには会わせない」
「……」
「あんたが今すべきことは報復じゃない。雅ちゃんの傷を癒す事よ」
俺の絶対零度の視線を物ともせずに祥子はきっぱりと言い切る。
祥子の言葉に俺は血が滲むほど拳を握りしめた。
煮えたぎるような憎しみを吐きだす事より優先しなくてはならない事がある。
無理矢理そう自分に言い聞かせた。
「分かった。そっちの方は任せるわ」
俺が対峙したら確実に殺してしまうやろから。
頭を一振りして俺はベッドに近付いた。
点滴の管に繋がれ静かに眠る雅ちゃんの表情は穏やかだ。
「鎮静剤入れてるから苦痛はないはずよ。何かあったら隣の部屋にいるから呼んでね」
祥子が出ていって部屋には俺と雅ちゃんの二人きりになる。
「……なんでや」
思わず言葉がこぼれ出す。
なんで俺はいつも雅ちゃんを守れへんのや?
守りたいのに。
守ろうとしてるのに。
いつもいつも雅ちゃんを傷つけてしまう。
そっと眠る雅ちゃんの左頬に触れる。
「痛かったやろな」
痛かったやろ。
怖かったやろ。
そやのに俺は何をしていた。
そおっと頬のガーゼを剥がし、腫れた頬にくちびるを這わせる。
頬の傷を舐めとり、くちびるを合わせる。
甘さなど微塵もない苦いだけのくちづけ。
血の味が、雅ちゃんの苦痛を訴えてかけてくる。
「ん……」
雅ちゃんの小さな声に俺は顔を上げた。
うっすらと雅ちゃんの目が開く。
「雅ちゃん?気ぃついた?」
「はるか、さん?」
そうつぶやいた雅ちゃんの顔が微かに歪む。
「雅ちゃん、怖い目に合わせてごめんな」
そう言ってもう一度雅ちゃんの頬にくちびるで触れる。
強張った顔が解けていくのを確認して、くちびるを離した。
「もう大丈夫やから」
そっと雅ちゃんの頭を撫でながら彼女の耳元に囁く。
伏せたまつげが震えた、と思ったら雅ちゃんの目尻から大粒の涙が転がり落ちた。
怖かったんだろうとなだめるように頭を撫で続ける。
突然雅ちゃんが嫌々をするように、俺の手を振り払うように、勢いよく頭を振った。
「……さ…しくしない…で」
「え?」
意外な言葉に俺の手が止まる。
雅ちゃんは両手で顔を覆った。
点滴のチューブが引っぱられて揺れる。
「優しくしないで……ください」
「雅ちゃん」
「私は、あなたに相応しくない」
「なんで今更そんな……」
「私とあなたでは住む世界がちがいすぎる。今日はっきり分かりました」
混乱しているのか。
そう思ってもう一度雅ちゃんの頭を優しく撫でる。
「そんなことない。確かに今日の面子にはびっくりしたやろけど、みんなただの人間や?話してみたらえらいなんも変わらんおっさんやおばちゃんやで?」
「同じだなんて簡単に言わないで!」
「……」
思いがけない強い口調に俺は言葉を失う。
なんだ?
なにに彼女は怒っている、のか?
雅ちゃんが涙に濡れた瞳で俺をまっすぐに見た。
その瞳の中に強固な意志が見える。
ひやり、と何かが俺の背筋を伝う。
「婚約を解消してください」
はっきりと彼女はそう言った。




