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side雅~突きつけられた現実

 部屋に入って休んでいるとすぐに祥子さんが来てくれた。

 私の主治医である彼女は真っ赤なドレスを上品に着こなしている。

 スリットの深く入ったセクシーなドレスなのだが、どうしていやらしく見えないのか不思議だ。

 

「もう今日はいいから、服を着替えて休みなさい」


 祥子さんは優しくそう言うと私の着替えを手伝ってくれた。

 つるつるした手触りの良いドレスから木綿の簡単なワンピースに着替え、髪を解き、慣れない装飾品を外していくとやっと本当の自分に戻ったような気がした。

 祥子さんに手渡された薬を飲み、大人しくベッドに入る私を確認して彼女は部屋を出ていった。

 ほっと息をつき、鈍く痛む頭を押さえる。

 招待客の目には今日の私はどう映ったのだろうか。

 どれだけ手を尽くして飾り立てられても、きっと晴可さんと釣り合ってはいなかっただろう。

 彼らの微笑みの下に隠れた本当の顔を想像するのが怖い。

 眠ろうとして眠れずそんなことを考えていると、ベッドサイドの小さなチェストに見慣れない携帯が置かれているのに気が付いた。

 きっと祥子さんが置き忘れたものだろう。

 まだ廊下にいるかも知れない。

 私は慌ててベッドを下り、ドアを開けた。

 廊下に人影はなかった。

 遅かったか。

 でもすぐに気がついて戻ってくるだろう。

 そう思って部屋に戻ろうとした時だった。

 ざわざわとざわめいていた階下が突然静かになった。


 やめておけばよかったのかも知れない。

 いつも通りの無関心を貫けば良かったのだ。

 だけどその時の私は何かに導かれるようにふらふらと廊下に出ていった。

 手摺の下を覗くと。

 物語の中のお姫様がそこにいた。


 会場中の視線を浴びても平然と当たり前のように受け止め、微笑み返す彼女こそ今夜の主役に相応しい。

 ふわふわと揺れる菫色のドレスの裾さえ計算されたもののように彼女を彩る。

 学園で見るのとはちがう、圧倒的な存在感。圧倒的なオーラ。

 私じゃない。

 私なんかじゃない。

 晴可さんの隣に立つのは彼女のような人なのだ。


『衿香ちゃんに近づきすぎたらいかんで。』


 晴可さんは神田さんがここに来ることを知っていた。

 なぜ?

 晴可さんは個人的に神田さんと繋がっている。

 その意味は?


 相応しくない。


 例え晴可さんが私を望んだとしても、この会場にいる人は私を望まない。

 望まれるのは彼女のような人だ。


 そろそろお分かりでしょう?


 分かっている。

 この婚約は間違っている。


 婚約を解消なさい。


 そうすべきなのだから。





 笑顔を振りまきながら歩く神田さんの姿をそれ以上見ていることが出来なくて目を瞑る。

 なぜだろう。

 息が苦しくて。

 同じ空気を吸うのさえ苦しくて。

 私は外の空気を求めてベランダに続くドアを開けた。


 

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