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side雅~苦いくちづけ

「ほんま上手に撮ってもろたな~」


 私の背後で晴可先輩は上機嫌でそう言った。

 寮の部屋のソファーに腰掛けて子供のように一枚の写真を眺める晴可先輩。

 神田さん争奪戦が一段落してから、神田さんに撮ってもらった写真を早速プリントアウトしてきたのだ。

 そういえば二人で写真を撮るのは初めてかもしれない。

 だけど今の私はそれを楽しめる精神状態じゃない。

 心のどこかが妙にささくれだっていて、口を開けば酷い言葉が飛び出しそうで。

 こんな時は一人でいたいのに一人になれる場所すらない。

 寮に帰ってきても一人になれる訳もなく、私は机に向かって問題集を開くしかなかった。

 なのに、なんなの、晴可先輩の機嫌の良さは。


「なあなあ。こっち来て一緒に見よ~」


 衿香ちゃん。

 何気に呼んだ名前が耳から離れない。

 どうして晴可先輩は神田さんのことを名前で呼ぶんだろう。

 私の知らないうちにどこかで二人は会っていたんだろうか。

 そしてなによりも。

 晴可先輩が花嫁候補である神田さんの私への接触を妨害しなかったことが、私を傷つけていた。

 なんて心の狭い女。

 そう思うが、今までなかったことに私の心は千々に乱れる。




  

「なあ。なんで俺のこと見てくれへんの?」


 するりと頬を撫でる長い指に私は現実に引き戻された。

 私の意識は目の前の計算問題から逸れ、思考の波に飲み込まれていたらしい。

 指は私の顔の輪郭をなぞるようにゆっくりと動き顎先で止まった。

 その指先に導かれるように顔を上げると。


「!!!」


 いつの間にかソファーから私の机に移動していた晴可先輩がじいっと私の顔を見下ろしていた。

 ちょっ、机は座る場所じゃありませんよ?

 てかなんなんですか、その半端ない色気は。

 こちらを無言で見下ろす晴可先輩に圧倒されて言葉が出てこない。


「久しぶりに会うたのに全然嬉しそうやないし。俺、自信失くすわ~。もう俺のこと嫌いになったん?」


 物憂げに瞳を揺らす晴可先輩。

 私相手にその色気は反則です。

 何やってるんですか。

 全面降伏しますからやめてください。


「雅ちゃんとおれて嬉しいんは俺だけなん?」


 晴可先輩の指が固まったままの私の頬をゆるゆると撫でる。

 黙ったままの私をどう思ったのか、晴可先輩が視線を逸らせて軽くため息をついた。

 ふっと体が軽くなりやっと声が出た。


「先輩?どうしてそんなこと……」

「そやな。雅ちゃんにはあいつらがおるしな。淋しいんは俺だけか」


 私の言葉に被せるように晴可先輩が問う。

 再び私の顔にぴたりと照準を合わせた先輩の瞳に、私の視線が泳いだ。

 私の学園生活は意外に忙しい。

 特待生としての成績を取るための勉強。

 生徒会の仕事。

 木田先輩のちょっかいの対応に、それに伴う親衛隊たちの嫌味への対応。

 でも忙しい学園生活の中、ふとした瞬間、晴可先輩の姿を探している自分に気付くことがある。

 そしていないはずの人を探している事にどうしようもない淋しさを感じるのだ。


「……分かってること、聞かないでください」  


 ふてくされ気味に私が答えると、晴可先輩はふっと表情を緩めた。


「そやな。分かってるのにごめん」


 そう言った晴可先輩の指が私のくちびるをそっとなぞる。

 その熱を孕んだ視線から目を離したいのになぜか離す事ができない。


「ごめんな。こんな俺で」


 私の答えを待たずに晴可先輩の手が首筋を伝って髪の間に差し入れられる。

 ぞわりと全身が粟立つような感覚に体が震える。

 そのまま上に引き上げられるのと同時に晴可先輩の顔が下りてきた。

 柔らかくて熱いくちづけに痺れるような何かが私の中心を走り抜けていった。


「大好きやで?」


 何度も何度も繰り返されるくちづけの合間に降り注ぐ甘い言葉に溺れてしまいそうになる。

 甘くて苦しくて切なくてそれでももっと満たして欲しくて。

 ふわりと浮かんだ思いを断ち切るように、私は晴可先輩の首に両手を回しそのくちづけに酔う。



 もし私より先にあの子に会っていても、あなたは私にそう言ってくれる?


 

 苦い想いを、くちづけと共に呑みこんだ。 


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