side晴可~苛立ち
春のうららかな日差しの下、数人の女子生徒が華やかな笑い声を上げていた。
「生徒会に所属しながら交流会を欠席されるなんて、一体どういった良識を持ってらっしゃるのかしら」
「無責任にもほどがありますわよねぇ」
「それに、ご覧になった?この方の首に」
「あれはなんですの?」
「あれは、……ですわよ」
「まあ。厭らしい。学生の身分で、そんなもの。恥ずかしいとはお思いにならないのかしら」
「本当に、どういう教育を受けていらっしゃったのかしら」
「何の教育も受けていらっしゃらないのではないかしら。ご出自がご出自ですから」
「それにしても、よくも恥ずかしくないものですわ」
「恥ずかしいという感情をお持ちなら、そもそも身分不相応の縁談などお受けにならないでしょう?」
「そうですわねぇ。天下の貴島総合病院の御曹司を望むなんて恥知らずな事、できませんわ」
「でもそろそろ自覚されては如何かしら?ご自分のしていらっしゃることが、どれほど私たちの世界でひんしゅくを買うことなのか。それがお相手の家にいかに泥を塗る行為なのか。賢い特待生のあなたにはもうお分かりになったでしょう?」
華やかな見た目とは裏腹に会話の内容は救いようのないほど悪意にまみれていた。
その中で彼女は一人、無言を貫き静かに立っていた。
なんで反論せえへんねん。
止めようのない苛立ちが俺を支配した。
婚約を望んだのは俺だ。
せめて自分から望んだ縁談ではないと、そう言ってくれたら。
なのに雅ちゃんは黙って暴言を受け止めていた。
まるで自分の罪のように。
「いい加減にしてくれへん?」
我慢できず突然現れた俺に雅ちゃんを取り囲んでいた花嫁候補たちは小さく悲鳴を上げて後ずさった。
そりゃそうだろう。
俺は怒りを抑えていないのだから。
背後に庇ったはずの雅ちゃんが非難するように俺の名を呼ぶ。
なんでこんな奴らを庇おうとするんや。
苛立たしく思いながらも、このままでは会話が出来ないので怒りの感情を制御する。
「なんか文句あるなら俺の婚約者やなくて、俺に直接言うてくれへんかな?」
そう言って花嫁候補たちの顔をぐるりと見渡す。
名札の色から一年生と分かったが、それが誰なのかまでは分からない。
五人いた花嫁候補の中から気位の高そうな一人の女子が前に進み出た。
さっきまで先頭に立って雅ちゃんに暴言を吐いていた奴だ。
どこかで見たような気もするがはっきり誰とは覚えてない顔。
「そ、それでは貴島様にお聞きいたします。どうして、この方なのですか?どうして花嫁候補ではなかったこの方をお選びになったのですか?」
俺の名を呼んだということは、おそらくどこかの社交場で会っているはずの彼女は震える声で遠慮のない質問をした。
「なんでって。好きになったからに決まってるやん。他に何の理由がいるん?」
俺の率直な返答に花嫁候補のお嬢さんは綺麗な顔を醜く歪めた。
「好き……?貴島総合病院の御曹司ともあろう方が、好ききらいの感情だけで結婚相手を選ぶのですか?」
「当たり前やん。何かまちがえてへん?俺も含めてこの学園の男は結婚相手に何の権力も財力も求めてへん。反対にそんなややこしいもん邪魔なくらいや」
俺がそう言うと花嫁候補全員の顔色が悪くなった。
ほんま、頭悪いな。
学園の外では彼女たちの家柄は武器になるだろう。
だが能力の高さから裕福な家がほとんどである学園の中ではそれはあまり意味を成さない。
反対に権力を持つような家と縁続きになれば、要らぬ厄介事まで抱え込むことになる。
花嫁候補という名に勘違いしているのだろうが、俺たちにとって彼女たちは人間と接するための単なる練習台でしかないのだ。
「では、彼女が一般家庭の人だという理由だけで選んだのですか?」
なんでそうなる。
俺はため息をついて頭をがりがりと掻いた。
「そんなん関係ない。好きになったからやって言ってるやろ?」
頭悪いん?という言葉は辛うじて呑みこむ。
「ただ好きなだけと仰られても納得できませんわ。きっと貴島様はこの方に騙されていらっしゃるんですわ。その首に付いているものが証拠です。私たちの知らないような下賤なやり方でこの方は……」
俺が昨日、感情の高ぶるまま雅ちゃんに付けたしるしを指差して彼女は叫んだ。
「……自分、めちゃくちゃ失礼なこと言ってる自覚、ある?」
「……っ」
俺の怒気をまともに浴びて彼女は真っ青になった。
「ちょっ!晴可先輩!やり過ぎです!」
慌てた様子で俺の腕を引く雅ちゃんの存在がなかったら、彼女は間違いなく呼吸困難で意識を失っていた。下手をしたら死んでいただろう。
周りの花嫁候補たちが倒れそうな彼女を慌てて支える。
「だ、大丈夫ですか?凛華さま」
肩で息をする彼女はそれでもまだ納得していない顔だ。
なんという気位の高さ。
なら仕方ない。
反省しないなら徹底的にやるのみ。
「なあ。そんなに家柄って大事なん?」
それまでとはガラリと雰囲気を変えて俺は柔らかく彼女に質問した。
「……当たり前ですわ。私たちの価値は家柄で決まります」
「ふーん」
きっぱりと言い切る彼女は、きっと雅ちゃんを傷つけたことに何の罪悪感も抱いていないんだろう。
「じゃあ君の名前聞いてもいい?」
極上の微笑みを浮かべてそう問えば、さっきまでの恐怖をあっさりと忘れたのか彼女は頬をバラ色に染めた。
「竹之内凛華と申します」
「竹之内……。竹之内財閥の令嬢って訳や」
「そうですわ」
日本屈指の財閥令嬢である誇りに胸を張り彼女が答えた。
ならばその誇りがどれほど脆いものなのか、思い知ればいい。
「ほな、今日中に、君の家潰したろか?」
さらりと告げた俺の言葉に、その場にいた全員が凍りついた。




