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side雅~熱

 本家の当主との話を終え、お風呂を済ませ、用意してもらった部屋に入るとお布団が二つ並んで敷かれていた。

 なんというか、これって恥ずかしい。

 学園の寮でダブルベッドで眠っている私が言うのもおかしいが、寮のベッドメイキングは自分でしているし、ダブルベッドが他人の目に触れることはない。

 けれどこのお布団を敷いてくれた人は、当然私たちが並んで眠ることを知っているということで……。

 婚約、というのはこういうことなのかも知れないけれど。

 何だか非常に居たたまれない。


 私がそんな事を考えながら布団の前に立ち尽くしていると、お風呂に行っていた晴可先輩が濡れた髪をタオルで拭きながら部屋に入ってきた。


「どしたん?そんなとこに立ったまま。湯あたりでもした?」


 晴可先輩は呑気にそう言いながら備え付けの小さな冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して私に一本手渡した。

 そして無造作にキャップを捻ると私の目の前でごくごくと美味しそうに飲みはじめた。

 汗なのか拭いきれなかった水滴なのか、うっすら濡れた首筋と大きな喉仏が無防備に晒される。

 慌てて視線を逸らせたが、なぜか目に焼き付いて離れないそれに私はぶるぶると頭を振った。


「……じいさんの言うたこと、気にしてるん?」


 晴可先輩は何を勘違いしたのか飲み終えたミネラルウォーターのボトルをくしゃりと握りつぶしてそう言った。


「俺な、雅ちゃんが傍にいてくれたら、それだけでいいんや。ただ俺の傍にいてほしい。じいさんの言うことなんか気にせんでええんよ?」


 そう言って晴可先輩はへにゃりと眉尻を下げた。


「晴可先輩が本家を継ぐという話ですか?」

「……前からそんな話はあったんやけど、俺そんな気はないから。雅ちゃんも貴島に縛り付けられるのはいややろ?」

「私、人前に出るのは嫌ですけど、ここに来るのが嫌だって言うほどここのことを知りませんから」

「……そっか」

「晴可先輩はここがそんなに嫌いですか?」

「……」


 晴可先輩は私の質問には答えずに窓際に置かれたソファーに座った。

 晴可先輩はここが嫌いなんだ。

 答えない晴可先輩に私は確信した。

 その原因であろうこの家に流れる妙な空気。

 さっきこの部屋に入るまでに廊下ですれ違った数人のお手伝いさんらしき若い女性の表情。

 それは学園や街中で晴可先輩を見る若い女性の顔とは全く異なっていた。

 ここの人たちは晴可先輩を恐れている?

 ソファーの背もたれに肘をついて暗い庭を見つめたまま動かない晴可先輩を私はじっと見つめていた。

 何を考えているんだろう。

 きっと尋ねてもはぐらかされるだけだろう。

 晴可先輩は自分の悩みや弱みを私には見せようとしない。

 思いを共有したいと思うのは我儘なんだろうか。

 もしできることなら、晴可先輩の頭の中をそっと覗いてみたい。

 そんなことを考えていると、晴可先輩が立ち尽くす私に気が付き手招きをした。


「こっちおいで」


 いつもと変わらない声。


「ここに座り」


 示されたのは膝の上。

 冗談でしょ。

 二つ並べられた布団に妙に晴可先輩の男を意識してしまった今、その指示には従えない。

 晴可先輩の隣に腰かけようとしたのに、私の意図などお見通しだったようで晴可先輩の腕が私の腰を攫った。


「ちょっ……!!」


 膝の上に乗せられ、きゅっと抱きしめられる。

 お風呂上がりの火照った体が直に熱を伝えあう。

 わ~!やめて!誰もいないからと言って、いや、誰もいないからこそ、この密着はちょっとまずい。

 きっと真っ赤になっているんだろう。

 晴可先輩はくすりと笑い、私の額に額をくっつけた。


「恥ずかしい?」


 至近距離で見つめるのはやめてください。

 死にます。


「涙目になってるやん」

 晴可先輩はくすくす笑って私の目尻にくちびるでそっと触れた。


「いろいろな、思い切らないかん事があるんや。正直、迷てる。雅ちゃんを一生離すつもりはこれっぽっちもないのに、雅ちゃんを俺に縛り付けてしもてええんやろかって考えてしまう」

「……」

「俺に縛り付けるだけでも可哀想やと思うのに、貴島の家にまで縛り付けてええんかな」


 私には晴可先輩が何を考えているのか全然分からなかった。

 ただ分かるのは晴可先輩が私に分からない何かを抱えているということ。

 それを私に打ち明ける気がないのだということ。

 それが私のためだと分かってはいても、ほんの少し淋しいと思う。

 晴可先輩の力になりたい。

 晴可先輩が何でも話せる存在になりたいと思う。

 でも晴可先輩にとって、私は守るべき存在であって共に戦う存在ではない。

 いつかは、二人で肩を並べて歩ける日がくるんだろうか。

 窓ガラスに映る二人の影を見つめながら私はぼんやりとそんなことを考えていた。





 


 

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