side晴可~本家
ふすまを開けたとたん感じる圧迫感。
俺は慌てて雅ちゃんをじじいの視線から隠すように抱き寄せた。
こわばっていた雅ちゃんの体から力が抜ける。
そのままの体勢でじじいを睨みつけるとじじいは愉快そうに笑った。
「ああ。すまんな。まだ、やったんや。お前にしてはのんびりしてるんやな」
「まだ結婚もしてへんのやで。今度ふざけた真似したら即効帰るからな」
「まあまあ。分かったから。はよ、座り」
ったく、このじじいは。
人外の力は人間には毒だ。
特に本家を仕切るような強大な力は、触れることなく人を殺すことだってできる。
このじじいは、俺が雅ちゃんに手を出してないか確認するためにそれを手加減なしで使いやがった。
そやからここには来たくなかったんや。
部屋にはじじい一人が座っていた。
俺たちが座ると奥から使用人の若い女がお茶を持ってきた。
ちらりと俺を見た女は、固い表情のままお茶を出すとそそくさと部屋を出て行った。
相変わらずの対応。
じじいが率先して雅ちゃんに挨拶するものだから、雅ちゃんも居住まいを正して名前を名乗る。
どうやらじじいは雅ちゃんを気に入ったようだ。
進路のことやこれからのことを色々尋ねていた。
おもろない。
俺は不貞腐れながら二人の会話を聞いていた。
はよ部屋に行ってゆっくりしたい。
明日の朝は早起きしてなるべく早くここを出よう。
ここに来た一番の目的は雅ちゃんの息抜きのためだ。
一応じじいにも会ったことだし、本家に長く留まる必要はない。
「医者になるなら、この村に来てくれへんやろか」
ぼんやり意識を飛ばしていたら突然じじいがとんでもないことを言い出した。
「はあ?何言ってんの?」
思わず口を挟むとじじいはにやりと笑った。
「お前に言うてんのとちがうで。お嬢にや。この村の医者はな、そろそろ七十になるかっちゅう年寄りでな、後継者を探してるんや。そやけどなかなかこんな田舎には医者の来手はなくてな、困ってたんや」
いつの間にか雅ちゃんの呼び方がお嬢に変わっている。
これは相当気に入られたな。
俺は心の中で舌打ちをする。
当の雅ちゃんは小さく首を傾げていた。
これは訳が分からない時の彼女の癖だ。
上機嫌のじじいと不機嫌な俺の間で雅ちゃんは困った顔で曖昧に返事した。
「はあ」
「お嬢はこんな田舎は嫌いか?」
「いえ。特に好きな場所があるわけではありませんし。ただ、ここがどういう場所か、私はまだ知りませんから」
雅ちゃんの無難な答えにほっと息をつく。
「俺はこんなとこ来おへんで?雅ちゃんも同じや」
「そうやろか」
じじいの自信満々の声に俺は目を細めた。
「せや」
「けどな、考えてみ?どこで何をしてもお前が貴島晴可であることには変わりないやろ?つまり結婚したらお嬢には貴島の嫁としての看板がついて回る」
「……」
「お嬢はそれにステイタスとやらを感じるタイプではなさそうやなあ」
「何が言いたいねん」
「つまりや、お前がここで本家を継いだら、お前に文句言える貴島の分家もおらんようになるし、貴島の嫁として面倒な社交をこなす必要もなくなるっちゅうことや」
やっぱり来たか。
「俺は本家は継がん」
「お前はそう言うやろと思ったわ。そやけどよう考えてみ?前に断った時とは状況が変わってるんとちがうか?お嬢を守るにはここは最上の場所や。お前の妻であるお嬢に手出しする奴はここにはおらへんし、ここには余所もんの入る隙はない」
言われるまでもなく、ここが雅ちゃんにとって一番安全な地であることは分かっている。
だが、やっぱり俺はここが嫌いだ。
「もうそろそろお前も乗り越えていかなあかんのと違うか?大事なものを手に入れた今こそ……」
「もうええやろ。長旅で疲れてるから休ませてもらうわ」
じじいの言葉を最後まで聞かずに俺は雅ちゃんの手を引いて立ち上がった。
戸惑った顔の雅ちゃんを見ると余計じじいへの苛立ちが増す。
本家を継ぐのはじじいが言うほど簡単なことではない。
俺が継ぐことに異を唱える奴は必ずいるはずだ。
それは俺の伴侶である雅ちゃんの身の危険に必ず繋がる。
ただでさえ負担をかけているのに、これ以上危険な目に遭わせる訳にはいかないのだ。
「その話は、今後一切聞く気ないで」
そう言い残し部屋を出る俺たちを、じじいは面白そうに眺めていた。




