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side雅~始まり

 三月になれば卒業生が学園を去り、四月になれば新入生が入ってくる。

 そんなサイクルの中で私は高校三年生になった。


 満開の桜がその花びらを惜し気もなくはらはらと散らす中、始業式を終えた私は重い足取りで寮に帰ってきた。

 生徒会長である幸田くんからの生徒会書記への勧誘ははっきり断ったはずだ。

 なのに今までになかったはずの生徒会庶務とかいう訳の分からない肩書をつけられ、体育館で新会計の笹原くんの隣に並ばされた時には完全に終わったと思った。

 去年の騒動を知っている在校生はそうでもなかったけど、新入生たちの訝しげな視線。

 特に女子生徒の目には『なにこのぶす』という文字が見えるほどの敵意が宿っていた。

 それに加えて木田先輩と同じクラスだなんて、なんの呪いだろう?

 木田先輩、卒業したんじゃなかったの!?

 お正月に殺されかけたこと忘れてませんよ!?

 本気で怖いんですけど。


 去年の秋に星宮さんが転校して一人部屋になった寮の部屋は今年も相変わらず私一人だ。

 ほっとすると同時に、ほんの少し淋しさを感じるなんて私は贅沢だ。

 そんなことを考えながらカードキーを差し込んでドアを開ける。

 ん?

 なんだろう。この違和感。え?


 ええええええ!??


「おっかえり~。雅ちゃん」


 なぜあなたがここにいるのですか?

 ここは女子寮なんですが?

 

 幾分すさんでいた私はソファーでくつろぐ茶髪の眼鏡男子を冷たい視線で眺めた。




 彼の名前は貴島晴可。

 今年の春に学園の大学部に進学した私の(一応)婚約者だ。

 日本でも屈指の規模を誇る貴島総合病院の三男坊。

 すらりとした長身とサラサラの茶色い髪。

 街を歩けば誰もが振り向くイケメン様。

 なんでこんなハイスペックな人が私の婚約者なのか、今でもちょっと理解不能だったりする。

 ちなみに私はごく一般的な家庭で育ったごくごく平均的な容姿を持った高校生だ。

 一応特待生なので勉強は出来る。

 と言っても元々頭が良かった訳ではない。

 中学生の時に両親を事故で失くして誰にも頼る気のなかった私に出来たのは、学園の特待生になることだけだったから努力しただけ。

 当時は失くしたものが大きすぎて、勉強にのめり込むことで自分を保っていたのかも知れない。

 いや。

 それより今は目の前の不法侵入者をどうにかしなくては。



「なあんでぇ?婚約者に会ってその態度~?冷たすぎるでぇ」


 私の冷たい視線に晒されて晴可先輩は慌ててソファーから立ちあがった。


「不法侵入」


 冷たく言うと先輩の眉がへにゃりと下がった。


「え~~~。それ言われたらそうなんやけど、愛する人に会いたい気持ちは誰にも止められへんやろ?」

「それでも決まりは決まりですから出てってくださいねー」


 私は事務的にそう言って自分の部屋に向かった。

 晴可先輩がくつろいでいたのはリビング。

 二人部屋の共有スペースだ。

 リビングを挟んで左右にそれぞれのプライベートルーム、いわゆる寝室がある。

 とにかく着替えてこようと寝室に入ろうとした時。

 

「あ~。でも俺の部屋ここやし」


 晴可先輩の爆弾発言に私は寝室のドアノブを掴んだまま固まった。

 は?

 いま、なんて?


「これからよろしくな。ルームメイトさん」


 ぎ、ぎ、ぎ、と音が出そうな位ぎこちない動きで私は後ろを振り返った。


「ん?どうかした?」


 にっこり笑う晴可先輩に向かって私は叫んでいた。


「どうかしたじゃ、なーいっ!!!!!こーこーはー女子寮で、しょ~~~~~っっっ!!!」


 ああ。

 どうしてこの学園には掟破りな男しかいないんだろう。

 思い切り叫んだ私は酸欠状態になりガックリ肩を落とした。

 

 ドアに背中を預けぜいぜいと肩で息をしていると、ふと目の前に影が差した。


「雅ちゃん」


 はっと気が付くと晴可先輩がいつの間にか目の前に立っていた。

 その右手は私の左耳のすぐ脇に着かれている。

 えっ。ちょっと待って。

 うっかりドアに背中を預けていた私は逃げ道を塞がれていた。

 残る脱出経路は背後のドアだけ。

 長身を少し折り曲げるようにした晴可先輩の髪がサラサラと落ちてきて私の頬をくすぐる。

 慌てて右手でドアノブを探ったが、晴可先輩の左手に阻止された。


「そっちはベッドルームやで?誘てるん?」


 耳元で囁かれる甘さを含んだ声色に一瞬で顔に血が昇る。

 あうあうと意味のない言葉を発する私の肩に頭を乗せ、晴可先輩はくっくっと笑い声を零した。

 ひとしきり笑った後、晴可先輩はふくれる私の顔を覗きこむ。

 その瞳にさっきの甘さはない。

 宿っているのは優しい光。


「大丈夫や。な~んも心配することない。俺は雅ちゃんの嫌がることは絶対しやへんから。信じて?」


 よしよしと、まるで子供にするように晴可先輩は私の頭を撫でた。

 誠実そうな目でそんな事をされると、つい頷いてしまうのはどうしようもない。

 だって、私は晴可先輩が大好きなんだし、一緒にいたいと思う気持ちは私も同じだから。


「……信じてる」


 私がやっとそう言葉にすると、晴可先輩はうれしそうに微笑んだ。




 



このお話を書きたいと思ったのはイケメン嫌いを書いている時です。

書いているうちにどんどんイケメン嫌いのヒロインである衿香が男前になっていき、反対に恋物語のヒロインであった雅があまりにも不憫な状況になってしまいました。

でも雅にも事情があったんだよね?という母心の元、このお話が出来あがりました。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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