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Winny  作者: 綾畝章人
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Winny(後編)

警察の調査で紗香の無実は明らかになり、真犯人も判明するが、大きく様変わりした紗香の生活は変わらず、紗香は新天地を求めて留学する。

 翌日、突然刑事さんが訪ねてきてこんな事を聞きました。

「以前に脅迫されたり、あるいは無言電話がかかってきたりといった事はありませんでしたか?」

「ええ、そういった事はありませんでしたけど」

 答えながら今までと雰囲気の違う質問に私は戸惑っていました。

「それにしても、どうしてそんな事を?」

 教えてくれないかも、って思ったのですが、警察の人は意外と簡単に答えてくれました。

「あなたのパソコンから不正なプログラムは見つかりませんでしたし、流出したとされるファイルのいくつかは微妙に異なっている。あなたじゃなかったのかもしれない、という事で色々調べてるんですよ」

 どうやらやっと私の言っている事が正しいことを認めてもらえたようです。

 当然、私は無実なのですが、今さら違ったかもしれないと言われても、色々と遅すぎます。

 私はほっとしたような悔しいような、複雑な気持ちになりました。


 捜査が進んで無実っぽい事が分かり、パソコンを返してもらえる事になったので、私は警察署に行ってきました。

「正しく使っていたようですね」

 係員の人はにっこりと笑って、私にパソコンを渡してくれます。

 あたり前です。法律に違反するような事はしていない、はずです。

「それで、犯人はどうやって私のデータをネットに流したんですか?」

 私は思いきって、ずっと疑問に思っていた事を聞いてみた。

 そうしたら係員の人はびっくりするような事を言った。

「このパソコンに侵入してデータを持ち出したのは間違いないようですね」

 セキュリティは安全だって思っていた私は驚いて聞き返した。

「私、マックを使っていたのに?」

「完全に安全なコンピューターなんてありませんよ。それに今回は、コンピューターを直接いじられたっぽいですね。パスワードがかかっていませんでしたし、簡単に操作できたんでしょうね」

 自宅に侵入された可能性もないわけではないけど、大学で放置していた隙に操作されたのではないかという。ぞっとしない話。確かにずっと置きっぱなしにしていた事とかあったけど……。

 係員さんはその後、私のコンピューターの管理がいかにまずかったか説明してくれた。

 言われた事の半分も理解できなかったのですが、本当だったら注意しないといけない事がたくさんあるんだって事は理解できました。

「人間もセキュリティの一環なんです。使う人間の意識が低ければ、そこが最大のセキュリティホールになるんですよ」

 係員さんが最後に言っていた、その言葉が全てでした。


 犯人はもっともらしく見せかけるために私のパソコンからコピーして持ち出したファイルを、ニセモノのファイルに混ぜてネットに流したらしい。だから作成途中のレポートのような、中途半端なファイルが混ざっていたんだろうって。

 でも、何のためにかはまだ分かっていないそうです。

 とりあえずパソコンを返してもらえたのは嬉しかったけど、犯人が勝手に触ったというのが怖かったし、それが私の管理がまずかったせいというのが悲しくもありました。


 私は被害者でしたし、いけない事をしていたって濡れ衣をきせられて二重に被害者でしたし、だからということもないですが、その後も事件の行方が気になって、しばしば警察を訪れて話を聞かせてもらっていました。

 その日も警察署に戻ってきた刑事さんを見つけて、ちょっとお話をさせてもらったのです。

「捜査は進んでいるんでしょうか?」

「あのね、何度も言うようだけれども、Winny のネットワークは匿名性が高いんだ。あなたのファイルをばらまいた犯人を特定するのは大変なんだよ」

 その話は何度も聞きました。一度は図に書いて丁寧に説明してもらった事もありましたが、いまいちよく分かりませんでした。ただ、私は Winny にはウィルスが出回っているって話を聞いていたので、思いきってそれを聞いてみました。

「危険なウィルスが出回っているのなら、利用している人も減っているんじゃないんですか?」

「それがそうでもないんだな。自分は大丈夫だって根拠もなく信じているのか、普通の利用者もそんなに減っていないし、そのウィルスがばらまいてくれるファイルを集めるような人間までいる」

 そんなものなんですか。私は正直ちょっとびっくりしました。

「しかしなぁ……操作をミスする確率がたとえ1%だったとしても、100もファイルを扱えば、1度もミスしない確率は36%程度になっちまう。リスクの塊なんだよ、今どきWinnyでファイルを収拾するなんてのは」

 刑事さんは疲れた顔でそう言うと、ガラス戸の方に足を向けます。

「ま、洗い出しは進めてますよ、手がかりが無いわけじゃない。……何か分かったら連絡します」

 こうしてこの日も追い返されてしまったのでした。

 対応は良くなったのだけど今度は部外者扱い。私は相変わらずカヤのソトに置いてかれている、そんな感じがします。


 それから3日後、事態は急展開しました。ようやく真犯人が捕まったのです。

 犯人は私に告白してきた武田君だったそうです。私が、前川さんと別れれば、付き合ってもらえるんじゃないかって思ったんだそうです。前川さんに私が別の人と付き合っていると思い込ませるために、あの写真を偽造して、私が部室に置きっぱなしにしていたパソコンからファイルを盗んで、あたかも流出したかのように見せかけてばらまいたんだそうです。

 武田君を振ってしまったのは悪かったと思っていたのですが、それがまさかこんな形で返ってくるとは思っても見ませんでしたので、ショックでした。


 でも前川さんとはあれっきりです。お互いに何か気まずくて、もう元には戻れないのかな? って

思っています。

 非難する時はあれだけ紙面も大きくとって大上段に構え、書かなくてもいいような仔細な事まで調べ上げて書いていたマスコミも、一応、謝罪記事を載せてくれました。終わりの方のページの隅っこの方に、形だけ「おわびします」と書いた小さな小さな記事でしたけど。


 大学も復学を認めてくれました。でも、私は……。

 今、私は飛行機の中にいます。思いきって留学する事にしたんです。思い返してみれば今回の事件で私はずっと振り回されっぱなしでした。だから思いきって海外に行って、そんな自分を変えて、もっと積極的な私になれたらって思っています。

 Winny は、もう私の人生を変えてしまったけど、悪い方向ばかりじゃない、あれがきっかけで私は変われたんだって思えるようになったなら、今回の事件も、周りの人たちの反応も、きっと全部許せるようになるんじゃないかなって、そんな風に思っています。


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