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Winny  作者: 綾畝章人
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Winny(前編)

 その夜も私は明子と電話していた。

「だから、留学はしないって」

 いつもと変わらない何気ない会話。

「言葉通じる自信がないし、友達とか家族とかから離れちゃうから」

 後から知る事になったあの事件が、

「え、彼氏? 関係ないよ、それは」

 その時もう既にはじまっていたなんて、

「うん、そう……じゃあ、またね」

 私はまったく知りませんでした。


 だからその日、前川さんと会った時も、あ、今日は不機嫌だなと思っただけで、まさかいきなり別れ話を切り出されるとは思ってもいませんでした。

「裏で二股がけやってたなんて、信じられねーヤツだよ」

 もちろん私はそんな事してません。以前、武田君っていうゼミの知り合いの人に告白された事もあったけど、ちゃんと「彼氏がいるから」ってお断りしたし、前川君の他に特に深いお付き合いのある男友達がいるって事もありません。私がそう言うと、前川君はパソコンからプリントアウトした紙を見せて言いました。

「お前のデスクトップだろ? 彼氏との写真なんかはっちゃって」

 それは何かの画像を印刷したもので、確かに私と知らない男の人が写った写真が壁紙になっていて、でも私のパソコンの画面ではありませんでした。

「知らないよ」

「嘘つけ、Winnyやってんだろ? 日記とか流出して、全てお見通しなんだよ」

 前川君はそれだけ言うと、私の弁明を聞かずに去っていってしまいました。


 それだけでも呆然とする事態だったのですが、その後明子と話して、事態の大きさにさらに驚かされました。

 何でも、私の日記や論文などがインターネットを経由して世界中に広まっていて、そんな事実はないのに、私が二股がけをしていたって事が日本中に知れ渡っていると言うのです。

「前川君と大谷先輩に二股って、やるじゃん紗香」

 明子はそういって見直したと変なところで褒めてくれたのですが、私は何が何だかさっぱりわからず、一人途方に暮れてしまいました。


 私が本当に大変な事に巻き込まれたんだ、って実感したのは警察の人が訪ねてきたからで、捜査協力を要請したその人たちは、私のパソコンを持っていってしまいました。

 私はどうしてそんな事をするのか訪ねたのですが、「違法ファイルの証拠隠滅を防ぐためだ、場合によってはあなたを逮捕する」というような事を冷たく言い放たれてしまいました。私は何も悪い事をしていた自覚が無かったのですが、その時になってはじめて、いよいよ本格的に大変な事になってしまった、もしかしたら逮捕されてしまうのかもしれない、と思うようになりました。

 前後してマスコミの方が押しかけてきて、私に色々聞いてきたので、私は少しでも事実が明らかになり、無罪である事を知ってもらいたくてできる限りの事をお話したかったのですが、記者さんの言っている事の意味がほとんど分からず、ただ、知りませんとか、分かりませんとか答える事しかできませんでした。


 その結果、3日後に私は雑誌を示しながら明子に不満をぶつける事になったのです。

「何で私のファイルが流出したのか分からないって言ったのに『本人は可能性を否定。自分は絶対大丈夫だと思い上がってWinnyを使い続けたツケがここに出たのであろう』なんて書かれないといけないの」

 もっともそれはまだ可愛い方で、私がまるで著作権に関して意識の低い、遊び好きのいい加減な学生であるかのように書かれ、流出被害についても自業自得であると書かれ、記事の終わりの方では、「彼女のようにWinnyを使い続ける者は、いつ被害者になるともしれない加害者である事を、いい加減に気付き肝に銘じておくべきであろう」なんて見当違いの批難までされた。

 明子はそんな私の抗議を、雑誌を読みながら聞き流し、

「まあWinnyで流出ってネタ、タイムリーだからね。マスコミもそう書きたいのよ」

 何て事を言います。

 明子は知ってるんだ、Winny。前川君が言っていた謎の言葉。雑誌にも繰り返し出ていたその言葉。気になっていたものの、今さら知らないというのも恥ずかしかったのでそのままにしていたのですが、明子が詳しそうに語っているので思いきって聞いてみる事にしました。

「それで、Winnyって何? コンピューターウィルス?」

「あきれた、ネットからmp3とかダウンロードできるソフトよ、使ってたんでしょ?」

 そういうものがあるとは知らなかったので、素直にそう言いました。マスコミの人にもそう言ったんですけどね。

 明子はそれをあっさりと受け入れてくれて、

「まあ紗香そーゆーの苦手っぽいもんね。じゃ、誰かが勝手に入れてたのかもね」

 と言ってくれました。でも誰かがそんな恐ろしいものを。勝手に私のパソコンに入れたというのは本当らしく、それで私が酷い目にあった、という事のようです。私は何もしていないのに。


 私は明子に頼んで、私のファイルという事でインターネットに流れているものの一部を、集めて印刷してもらいました。私のパソコンは押収されてしまっていたので、何が流出しているのか調べられなかったからです。自分のファイルなのに変な感じですが、それらのうちのいくつかは、中身も変でした。

 例えばあるレポートは、私の名前も入っているし、実際私が書いたものでしたが、でも、随分と前に書き上げて提出したはずなのに、不思議な事にインターネットに流れているそれは書きかけのままのファイルで、もうこんなファイルなんか残っていなかったはずなのです。

 あるいは別のレポートは、明らかに見覚えの無いもの、授業を選択したものの、実際には受講するのをやめてしまった講義のレポートに私の名前だけ入っていて、ありえないはずのものでした。パソコンは勝手にこんなファイルを作ってしまうものなのでしょうか?

 どうやってこんな古いファイルや、変なファイルを作り出して、インターネットにばらまくような事をやったのでしょうか? 皆目検討がつきません。

 私がそれら不思議なレポートの束を見ていると、携帯に着信がはいりました。

「ああ、渡辺紗香さんですね、ちょうどよかった」

 電話は大学からでした。

「今回の事件ですけどね、大学としても在学者にWinny利用者がいたという事で、何ら処分を科さないわけにもいかないわけです。それでですね、渡辺さんにも停学をしてもらう事が決まったんですよ」

 急な話にびっくりする。まさか休学なんて。

「停学期間など詳しい事は書類でお送りしますから、自分のした事をしっかり反省して、社会に復帰して下さい」

 一方的に切られた電話を前に私は呆然とする。何もしていないのに、無茶苦茶な話です。


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