死神と「彼だけの天使」
人通りの少なくなった街
街灯の上から仄かに道を照らす蝋燭の明かり
深々と冷えゆく空気に、舞い散る粉雪
幼い死神の子供が、指を冷たさで薄紅色に染めていた。
・・・季節は「冬」・・・
幼い死神「モルス」は
「はぁ~」っと息を吐きかけ、手を温める
冬の仕事は、寒くて多くて辛い・・・
モルスの目には、涙が少し滲んでいた。
「仕事を放り出して、家に帰りたい」と、思っていても
無智から来る、持ち前の責任感の為にそんな事は出来ない
彼は、本来付く筈の大人の付き添いも無く
一人きりで「死を迎える者を指し示す方位磁石」を頼りに
仕事をすべき場所へ向かっていた。
その場所へ行く途中・・・
死を管理する者にしか見えない目印を見付ける
クリスマスマーケットの片隅、街灯の傍に置かれた木箱
人間達は見て見ぬ振りをして、通り過ぎて行く
「仕事だ」と確信し
モルスがそのボロイ木箱を覗くと、中には・・・
命の炎が消え掛けた母猫と数匹の小さな子猫が入っていた。
猫達を逝くべき場所へ向かわせる為、モルスが手を翳すと・・・
『ネコニャン達を殺さないで!』と
同い年くらいの幼い天使に突き飛ばされてしまった。
・・・幼い天使「アンジェリカ」は・・・
『御願い!ネコニャン達を助けて!』と繰返す
死神を「殺して命を奪う者」と、信じて疑わない天使は・・・
泣きながら「猫の入った木箱」を抱え込み、渡してくれない
モルスは必死に考えた・・・
『君は天使だよね?奇跡は起こせないのかい?』
モルスの言葉にアンジェリカはしょんぼりする
「神様は、信者しか救わない」そんな奇跡は起きないのだろう
まぁ「信じたから」と言って・・・
必ず救われる訳でもない現実が、この世にはあった。
それにしても・・・猫達には、時間が無かった
モルスは、仕方なく「死後、猫達をこの世に彷徨わせない為」に
アンジェリカを騙して猫達の魂を送る
彼女は「死」に「驚き、恐怖し」天に帰ってしまった。
モルスは後悔した・・・
「引き留めて、説明してあげればよかったか?」と
アンジェリカの泣き顔が、脳裏を過ぎり・・・
『さっきのが、トラウマにならなければいいけど』と、呟いた。
アンジェリカと出会ってから・・・
今まで、天使の男女の区別程度しかできなかったモルスは
いつの間にか、天使の中で「アンジェリカだけ」を
見分けられる様になっていた。
死神を見る度に怯えるアンジェリカに・・・
モルスは、「あの時」時間が無くて「騙してしまった事」を謝り
死神に対する「誤解」を解きたかったのだが
死神を見掛ける度に、天使達は「死神が嫌い」だと言い放ち
「ゴミ拾い的な役割の者達」だと揶揄し、嘲笑い
近付く事を許さなかった。
声を掛ける事すら、できないまま・・・
「謝る」には、時が経ち過ぎてしまった頃
「あの時の事」を後悔し続けていたモルスは
「自責の念」からアンジェリカを遠くから見守る様になっていた。
純粋に、心優しい娘に育つアンジェリカを見ていると
他の者の死を身近に感じ続ける「死神の仕事」の疲れが・・・
悲しく辛い仕事で作る心の傷が・・・
癒される様な気がして、幸せな気持ちになる事に気が付いた。
アンジェリカが、冬の終わりの時期
・・・「春が近付く」と・・・
修道院で育てられている「スノードロップ」の花畑に
必ず、嬉しそうに舞い降りている事を知った時
「幸せな気持ちにしてくれた御礼に」と
こっそり、彼女の好きな「その花」を贈りたかったのだが・・・
スノードロップの「逆境の中の希望、慰め、恋の最初の眼差し」
と、言う花言葉が・・・
贈り物にすると「あなたの死を望みます」と、言う
意味になる事を知って断念した。
死神からの好意は受け付けていないと言う
「天からの啓示」なのかもしれないとモルスは思った。
時は流れる・・・
時を経て、それぞれそれなりの成長をして・・・大人になった。
アンジェリカは、生まれて初めて・・・
大人になってから「謝っても許して貰えない事」と遭遇する
彼女は純粋な優しさから、同情心から、共感から・・・
深く深く傷付けられ・・・恐怖と絶望と例えようの無い苦痛と
嫌悪感の中で生き続けねばならない「人の子」に
「幸せな永久の眠り」を与えてしまった。
如何なる場合も・・・
天使が「永久の眠り」を与える事は大罪
苦しみは「神からの試練」として、敢えて受けねばならない物
それを勝手に免除する事は「神への反逆」
「天使にあるまじき行為」彼女は堕天させられてしまった。
・・・犯した罪は、消える事が無い・・・
天使で無くなり堕天使になって・・・
アンジェリカは「もう、2度と帰れない」天に「帰りたい」
と・・・望み・願い・懇願する
そして、不条理過ぎる「人の子への仕打ち」を・・・
「救いを求められ無視」した「神の怠惰」を詰った。
即座に、天からアンジェリカへの天罰が下る
モルスは・・・死神として、その一部始終を見守っていた。
アンジェリカが「死神」を見付け・・・
そう、モルスに対して「天に帰りたい」と懇願する
『あなた・・・死神でしょ?
死に逝く者の願いを叶える事ができるのよね?』
縋り付くアンジェリカを悲しげに見詰め
モルスは溜息を吐きアンジェリカの手を取った。
『君は、さっきの人の子みたいな試練を受け続ける覚悟はあるの?』
モルスの問いにアンジェリカは・・・
『覚悟はあります!だから、天に帰らせて』と答える
モルスは彼女にとって「見知らぬ死神」として
彼女の願いを叶える事にした。
土に帰らない彼女を、魂と一緒に無理やり土に帰し
彼女を支配していた「神」に見付けられない様に
世界中に撒いて隠してしまう
この世の中で・・・
彼女を苗床に植物が育つ、育った植物を動物が食べ
彼女の魂の欠片が生き物の中に広がってく
違うモノに混ざった魂は・・・
違うモノと一緒に、少しづつ浄化されていく
モルスはこっそり、それを見守り続けた。
罪は必ず暴かれるモノ、犯した罪には罰を・・・
モルスは「彼女の罪の罰」を一緒に受ける事となった。
アンジェリカが崇拝していた神に、モルスは投獄され
モルスの裏工作も空しく
不幸を運命付けられた、全てのアンジェリカの欠片達・・・
何よりアンジェリカの不幸に、モルスは心を痛める
観ていただけの他の神も、心を痛め・・・
モルスの「純愛」に感銘を受けた神の一人が・・・
「慈悲と、替わりの罰と、使命」をモルスに与える事にした。
『何度も生まれ変わって浄化された「愛しき者の欠片」を
毎年、欠かさずに集め続けなさい
一年間集めた分で、小さな仮初めの妖精を作って
その妖精と降誕節を祝わせてあげましょう』
モルスは、それに従いアンジェリカの欠片を探し続け・・・
見付けては、目印の花飾りを贈り続け・・・
その命が終わる時を待ち続けた。
そして、気付く、アンジェリカの欠片から生まれた妖精は
アンジェリカと同じ嗜好をしている事に・・
モルスは、クリスマス飾りの片づけを悲しげに眺める妖精の為・・・
クリスマスが大好きだったアンジェリカの為に・・・
彼女だけの為のクリスマスを集める様になった。
毎年、イヴの夜の夜明けが待ち遠しい
クリスマス聖なる夜明けと共に、モルスが集めた魂の中から
アンジェリカの欠片から生まれた妖精がモルスの前に姿を現す
降誕節だけが、アンジェリカと出会える時
続いて、公現祭「エピファニア」が彼女との御別れの日
一年間積もり積もった、ワルイモノを箒で掃き清める
魔女のベファーナが・・・
モルスが集めたモノを、アンジェリカを・・・
モルスが抱えた喪失感と共に、全て掃き去っていく
・・・終りのある使命・慈悲深き替わりの罰・・・
アンジェリカの欠片を全て集めて切ってしまえば
もう2度と会えなくなるかもしれない中・・・
モルスは、アンジェリカの欠片を見付ける度に
彼女が好きだった「スノードロップの花」の花飾りを贈り続け
今も・・・1人で、アンジェリカの欠片を集め続けている。
遠い未来、アンジェリカの魂の全てが集まり・・・
地上から天使の欠片が消えた時・・・
神様が更なる慈悲を与えるかどうかは、神が決める結末
願わくば・・・
「彼だけの天使」が終焉の時、彼の元に舞い降りる事を祈る。