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第3話 日常からの脱却

 「ユウナ、御飯いらないの?」

 母親の声が下から聞こえ、ユウナはドアから顔を出して答える。

 「お腹空いてないから」

 今日はパスだ。

 お腹が空いていないのに、食べ物を胃に入れるのは好きじゃない。

 でも、軽い物なら入るかもしれない。

 ユウナは今の状況を、どうにかならないものかと考えていた。

 勉強をしたくないし、友達とメールのやりとりもしたくないし、家族と話したくもなかった。

 だから、ユウナは家に帰って来てすぐに、2階の自室にこもった。

 と、母親の階段を上ってくる足音が聞こえた。

 コンコン。ドアをノックする音に、ユウナは「何?」と低く答えた。

 「リンゴだけでも食べない?おばあちゃんちからこの間届いたやつ」

 ドアが開くと、そこにはエプロンをしたままの母親の姿がある。右手にはリンゴがのっていた。

 一瞬迷ったが、ユウナはその鮮やかな赤色に魅かれ、母親の手からリンゴを取っていた。

 「それ、どうするの?そのままじゃ食べれないよ?」

 「いいから、もう行ってってば」

 無理やり追い出すと、母親は文句を言いながらも、今度は階段を下りて行った。遠くなって行くその音に聞き耳をたてて、完全に母親がいなくなったのを確信すると、ユウナはベッドに身を投げた。

 ボンと軽く体がはじかれて、着地。

 リンゴを食べるため、ではなくて見るためにもらったユウナは、赤くて大きなリンゴを天井にかざした。

 (これからどうしよっか……)

 2年生は進路を決めたり、オープンキャンパスに出かけたり、そのための勉強をしたり、やることが多すぎて多忙な時期だ。半ばこの無気力な自分は恐らくそんな状況から逃げたいからだろう。

 こうしている今も、誰かが必死に勉強しているのだ。

 リンゴを上に上げて、悩んでいる女子高校生など自分くらいしかいないだろうな、とユウナは思った。

 シャァァァ

 カーテンを寝転がりながらなんとなく開けると、月と目があった気がした。

 「……」

 丸ではないが、ほぼ円形状の綺麗な白い月。圧倒的な夜空の向こうの存在に、ユウナは目を見張った。ずっと空の月を見つめていたら、なんだか自分の悩みが遥かに小さい気がした。

 「はぁぁ」

 今度は起き上がって、窓から顔を出して、ユウナは外を見た。

 もちろん住宅街は静かで、それぞれの家は灯りを灯していた。

 それではなく、ユウナは自宅のすぐ横を流れる川の方を眺める。この川は、確か「白糸川」という名前があり、よく子どもたちが川辺で遊んでいるのが目につく場所だ。

 ユウナは月夜の晩に、家を抜け出た。

 何か目的があった訳ではない。気分に誘われて、部屋の窓から外に出たのだ。少しひやっとした空気が裸足の足を包み、屋根のぬくもりのない温度が伝わってきた。

 (思ったよりも寒いかも)

 そうは思ったが、この程度は造作もないだろう。雪が降る寒さよりは、何十倍も寒くは無い。

 ユウナは迷いなく、すぐ隣の白糸川の方へ下りて行った。

 高校生になってからというもの、ここへはまったく来なくなってしまった場所だ。家のすぐ脇にあるとは言っても、足を運ぶ機会があった訳じゃない。

 流れる川の音と、恐ろしく黒い水の色。名前とは似ても似つかない夜の川は、なんだか怪しげに音をたてていた。

 怖かったが、ユウナはそっと水辺の流木に腰掛けた。

 座ればおかしなことに、今日の夕暮れのことを思いだした。

 同級生の上杉孝也が勉強を教えて欲しいと、いきなり頼んできたのには驚いた。同級生で馴染みではあるも、遊んだこともなかったし、特別仲が良かった訳でもないのに、どうして話しかけてきたんだろう。

 「……」

 あの時は、瞬間的に拒絶してしまったが、こうして考えてみるとなんだか申し訳ないことをしてしまったと思う。でも、今更なのだ。

 彼の頼みを断った事実は変わらないし、冷たくあしらった自分も変わらない。

 (なんだかなぁ……)

 急に後悔したくなった、ユウナ。

 途中で馬鹿馬鹿しくなるが、いがめない。

 と、その時……

 (あれ)

 ユウナはドキッとして橋の下の人影を見つめた。

 ここからは遠く離れた所には、この川にかかる大きな橋がかけられている。その橋の下に、間違いなく誰かが立っている。

 「孝也こうや……?」

 まさかと思って目を細めるユウナ。こんな時間帯に高校生があんな所で、何をしているのか。同時に人のことは言えないな、とユウナは思っていた。

 ところが、その人影は遠くに消えていって、見えなくなってしまった。

 「……」

 話しかけようとしていた自分に、遅くなって驚く。今更「勉強教えようか?」とでも言うつもりだったのか、私は。

 ユウナは人のいなくなった橋の下をぼんやり眺めていた。あれは、本当に孝也だったのだろうか?

 確かめる術もなく、ユウナは諦める他なかった。

 「……」

 もし、あれが孝也だとしたら。

 孝也だったら。

 だったら?

 家に戻ろうと思った意思は何処で履き違えたのか、無意識に孝也らしき人影があった橋の下に向かっていた。小石を踏む音と、川が流れる音だけが耳に入る。

 近づくにつれて、勇気はいらなくなっていった。

 「誰か……いますか?」

 恐る恐る声を発すると、その声はむなしくも自然の雑音にもみ消されてしまう。なら、もう一度。

 「誰か、いますか!」

 ザァァァァ……

 返事はなかった。

 

 

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