子供のくせに
再び意識を取り戻した時、私は鬱蒼とした森の中にいた。急いで上体を起して辺りを見渡すと、そこにもう賊の姿はない。背の高い木々に囲まれてくり抜かれたような空は、だんだんとオレンジ色に染まっていく。少し肌寒くなってくる頃合いだった。
「こ、ここは……!?」
「必死に走ってきたからわかんね。この大陸のどこかってのは間違いねーかな」
ティーベルは大量の薪を抱えたまま、私のすぐ傍に立っていた。
「え、ええ?」
いまいち状況が呑み込めずあたふたと狼狽える。彼はわきに置いていた薪を目の前に放ると、指先から出した火の玉をそこに落とした。火を含んだ木々はあっという間に燃え上がり、数十秒もしないうちに小さな焚火が出来上がった。
「だから、あの賊から逃げてきたんだよ。全力ダッシュで」
「なっ……え、何で? なんで逃げるような真似してんのよ!」
「あのまま俺も剣を抜いちまったら、余計面倒なことになる気がしたから」
「そんなの関係ないわよッ! よくも私に恥をかかせたわね……この徽章も、名前も知らせちゃったような相手を、黙らせずに逃げ出すような事させて――」
その場の怒りでついキツい言葉が出てしまう。正直、私は錯乱のまま頭を沸騰させていた。
「ったく、いい加減目ェ覚ませ!」
突然響いた彼の大声に驚いて、溢れて止まらなかった言葉が喉元で押し留まった。
「お前な……何を焦ってるのか知らねーけどよ、いつもならあんな事しなかったはずだ」
「いつもって言うけど、あんたは私の何を知ってるのよ! 知り合ったのはたった数日前じゃないの!」
「そういう事じゃねえ! リルフが今まで何をしてきたかは知らないし、俺に分かるはずもないさ。けど、俺の知ってるお前は、危険を顧みずに突っ込むようなバカじゃない! 俺に教えてくれただろ。『剣も魔法も使えない勇者が居るとしたら、何を以て戦えばいいのか知っている?』ってな」
……何を以て戦えばいいのか。
「これはお前が使うもんじゃねえ」
彼は懐に隠していた私の短剣を取り出した。そして、今まで見たこともないような真剣な顔つきで口を開く。
「剣では成しえない、魔法では敵わない――人の心に美を築く、医術を以て治め立つ……」
私が自信満々に言ったはずの言葉を、ティーベルは神妙な口調で述べる。まるでさっきまでの私が、この答えを拒絶していたかのようだ。
「ま、あれもあれでお前らしかったんだけどな」
ティーベルは勢いづいた焚火に、固い外皮で覆われた木の実を放り込んだ。
「……あんたが私にお説教って、ずいぶん短い間に大人びたわね」
「そういう事なのかな? じゃあ別に、リルフって呼んでも文句はヘブッ!?」
手元にあった丁度良い石ころが彼の額に当たった。
「バーカ、生意気よ。子供のくせに」
「そう言うけどリルフだって18だろ!? 大して変わんねーだろ!」
「全然違いますー。それが解らないから子供なのよ」
「うっせー大人ぶりやがって!」
何故かひたすら可笑しかった。私とティーベルは騒がしい罵り合いの中で、お互い自然に笑い合っていた。
「ところで1つ聞いてもいいか?」
「ん? 何よ改まって」
お互い満腹になり、細かいイライラがすっと落ち着いた、おかげで食料のほとんどは居の中に消えた訳だけど。そんな満足感に浸っているときに、ティーベルは夜空を見上げながら私に訊ねてきた。
「なんでお前、男の振りなんかしてるんだよ」
……今更訊くのか。そう突っ込みたかったが、この男に理屈を求める程疲れることはない。
「あのね、女の一人旅って基本的にナメられるの。良い意味でも悪い意味でもね。私はそういうのを望まないし、男として振る舞った方が都合良かったからそうしていたの」
「じゃあ、なんで俺の前じゃ普通にしてるんだよ」
「それは……」
彼との出遭いは数日前、私の旅の始まりにまで話はさかのぼる。
それを紐解くのは、もう少し後になってから。