無能勇者
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今更だけど、この男を連れて来てしまった事を後悔している。
私は大きく深呼吸してから、ひたすら続く青空を見上げた。紺碧に浮かぶあの白い雲は、悩みなど抱くことなく浮かんでいるのだろう。1つや2つは自分の肩代わりをして欲しい。
「……まったく、少しは落ち着くってことが出来ないわけ?」
私は眉間にしわを寄せながら低めの声で注意する。
「うおー! あの白い山すっげェ!! どのぐらい遠いんかな?」
でも当の本人は、遥か彼方に連なる雪山を指さしながら無駄にはしゃいでいるだけだ。
13歳だという彼の顔は歳相応の幼げな輪郭をまだ残している。適当に切られただけの短い黒髪はやんちゃな子供と言うにふさわしい感じ。服もあり合わせの布に皮防具を付けただけの簡素なものだ。……とても私の旅について来れるような格好ではない。
「ちょっとティーベル……せめて話は聞いてよ」
さて、何故私はこんなのと2人並んで何も無い平原を歩いているのか。壮大な愚問だ。
「こんな景色みたことねーぜ!」
「まぁ……私もこんなの見るのは初めてだけど」
右手にも左手にも抱えきれない程の広大な景色。目を細めれば遥か彼方の山脈に群生する木々の1本1本が窺える。それほどに視界は広く、また空気は澄み渡っていた。
「これからどこに行くんだよリルフ?」
短く適当に切り揃えられた黒髪を揺らす彼は、揃わぬ足並みを気にするように私の顔を覗きこんでくる。
「まったく馴れ馴れしい。あんたみたいな“がきんちょ”に呼び捨てされる覚えはないわ」
「じゃあどうすればいいんだよ。勇者リルフ様とでも言えばいいのか?」
「白々しいわね。バカにしてるわけ?」
「だーもうめんどくせぇ。さっきから何怒ってんだよ」
地平線の向こうまで広がる、草原を分かつ白土の一本道。はるか昔から今日に至るまで、幾人の勇者がこの景色を望んだのかは計るに知れない。その記されぬ歴史に今、私も名前を連ねようとしている。リルフ・バーニックという誇り高き名前を。
「なーリルフ、腹減った」
「……もういい加減静かにしてよティーベル! これ以上邪魔するんだったらあの町にまた置いてくるからね!」
13歳の子供に声を上げるなど大概情けないと思われそうだが、今やそんな余裕もない。彼がぼやくのも仕方ない程、携行している食料は少ない。お金なら多少あるけど、見渡す限りの草原に都合よく露店を開いている人もない。私が持っている干し肉とトウモロコシに目を付けられたら終わりだ。力づくで奪い取られるのならまだ良い。しかし子供の物乞いとは、下手なナイフより鋭いのだ。
「せめて最寄りの町がどこにあるかのか判ると良いんだけど……」
「ヒト? あそこにいるじゃねーか」
「え?」
そこに誰かいる、とティーベルは言う。それは願ってもない助けだ。私は目を見開いて辺りを見渡す。後になって思えば、この時ほど間抜けた動きをした事はなかったかもしれない。
「……何もないじゃない!」
そう、誰も居ないのではない。何もないのだ。周りにあるのは草、草、草。青々と茂る大地のたてがみがひらすら広がっているだけだ。
ティーベルの悪ふざけはいつも年相応な幼稚さがあったが、今回ばかりは底意地が悪く思えた。勝手に鼻息が荒くなってしまうあたり、かなり私もキていると感じた。
「あんた……いい加減に――」
「危ないッ!」
目の前を駆け抜ける黒い影。私は反応する余裕もないうちに、飛び込んできたティーベルに正面から押し倒された。
「ばかっ! いっ、いきなり何すんのよ!」
「だから人が居るって言ったじゃん!」
「はぁ!? だから冗談は……」
彼の言葉は冗談などではなかった。私は彼の体を押し退けるように起き上がると、5メートル程度離れた場所に人影を見た。先ほどまでは気づきもしなかったが、確かにそこには数名の男が立っている。ボロボロの服に携えた木製の棍棒。どう見てもまともな集団ではない。
「まさか俺たち原賊の掩蔽に気づくとはな。野遊びするガキにしては出来る方じゃねーか」
生えっぱなしの汚らしい顎鬚をさすりながら、リーダー格と思われる男がティーベルに近づく。彼は1歩も引かぬまま、細い顎を上げて賊の顔を見上げていた。
男はティーベルを見下ろして口を開く。
「まったく、今どきの勇者気取りみたいな恰好しやがって。冒険はお家か学校の中でするんだな。そっちの連れなんか魔導師の真似か? そんなに揃った金髪なら修道女の方がお似合いだぜ」
賊は遠慮なしに私の身なりを口にする。見た目も相まり、その下品さには嫌悪感を隠せなかった。
「それを言うなら修道士だよ。輩のお世辞にしてはまあまあかな」
「ふっ、なかなか言う子じゃないか。こんなのを連れていて苦労しないのか勇者くんよ」
男は再びティーベルを見下ろしながら言う。まるで事を心配するような口調は、私に忘れてはならない事を気づかせてくれた。
「ち、ちょっと待って!」
そろそろ突っ込んで置かないといけなかった。この賊は、人に襲い掛かる事よりも決定的な間違いをすでに犯しているのだ。
「さっきからそいつばっかと話してるけど、勇者はこの“僕”の方なんだから!」
胸に手を当て、懸命な声で訴える。しかし賊はへらへらと笑いながら、腕を組んで私を見下すように笑い出した。
「ぷっ……ヘァッヘァッヘァッ! ごっこ役の取り合いとは穏やかじゃねえな! お前らはなりたての行商漫才かぁ? えぇ?」
「ふざけるな! わたっ……僕の名は、リルフ・バーニック! ストラーフ王国に認定された正式な勇者だ! この銀色徽章を見てもまだ笑えるっていうのか!!」
精一杯の威勢をぶつけるように、私は首元にかけていたメダルを見せつけた。
銀色徽章はこの世界において最も有名であり、また権威ある職――つまり“勇者”であることを表すものだ。国家が輩出する勇者には、その国へ帰属するように必ず自国製の銀色徽章を持たせ、所有する勇者は身分の証明とブランドの呈示に利用している。
「ほぅ……4等勇者徽章ねえ」
原賊のリーダーはメダルのデザインを眺めながら呟いた。そこから等級を判断できるのなら、単純なバカという訳ではないらしい。多少なりとも経験と知識があるようだ。
「なぁ君ぃ……勇者面が出来るのはせめて3等からだ。徽章をもらって嬉しいんだろうが、見せびらかす為にこんなところを歩いていたら恥をかくだけだぞ」
賊は中途半端に丁寧な言葉に変えて話しかける。それが余計に私のプライドを逆なでした。
「……もう……」
震える肺いっぱいに息を吸い込むと、ぎゅんと目に力が入るのを感じた。
「……もうッ、こんな扱いうんざりだ! せっかく城を飛び出してここまで来たのに、ここでも言われる事は同じなのか!?」
どうしようもなく溢れた叫びが辺りに響いた。賊も、ティーベルも、間抜けた顔で私を見ていた。握りしめていた徽章がとてつもなく惨めに思えてしまう。
――何が等級だ。私は……私は勇者なんだ、あの人たちの娘なのにッ!!
「ほら! 貴様たちは通行人の金品でも奪うために潜んでいたんだろ!? だったら僕の仕事はただ一つ――跳梁跋扈の賊を斬り、勇者の名誉をここに立つ!!」
私は腰に差していた短刀に手をかけてリーダーの男を見やる。そして一挙に攻撃動作へと入る。
「やる気かいアンタ。そりゃ力試しはしたくなるよな」
実力差がはっきりしているなら、勝つには先制を撃つしかない。勢いを得るために、顔と地面が触れそうになる間合いまで姿勢を屈める。そして足を思い切り踏み込むと、男の懐を目指して飛び込む体勢に入った。
「あわっ!?」
突如視界が暗転する。口に入り込む砂利の味。足をくじいたのか、綺麗にかわされたのか。どっちにしろ私は額から地面にのめりこんでしまったようだ。歯を食いしばると噛みあわせの砂が砕け、苦い味と痛みが染みる。
攻撃は失敗に終わった。失敗なんてものじゃない。単なる自滅だった。
「……刀を抜くなら仕方ねえな、それ相応の覚悟を買わねえといけねえ。たとえ4等級とはいえ、勇者徽章なら公式の身分証そのもの。期待する程度の値段で売れるだろ。良い教育代として頂くとするかな」
ついに棍棒を抜いた賊は、格好の餌を捕らんとする笑顔で私に迫ってきた。
「ちくしょう……!」
悔しさでだんだん訳が解らなくなっていく。情けない嗚咽は抑えようとするたびに胸元をひどく締め付ける。外から、内から、自分が押しつぶされてしまいそうな圧迫感に苦しみ――
瞬間、目の前の景色が変わった。その変化に気が付いてから大きく目を見開くと、さっきまで倒れこんでいた地面は遥か下方にあった。
――飛んでいる、私。
そう自覚するまではもっと時間がかかったのかもしれない。訳も分からないまま私は風に吹かれ、そして頼りなさそうな両腕に抱えられていた。
「ティー……ベ……」