第6話 希望ある道
【ハーベスト平原 北部】
広い平地が続くハーベスト平原の南部を抜けて、俺たちは岩の多いハーベスト平原北部にやって来た。俺たちは北へ、北へと進んでいた。そんな俺たちの前に突然、大きな障害が立ちはだかる。
「ん?」
「バォォーー!」
巨大な犬のような魔物。毛は蒼色で、目は黄色。オマケに白く長いヒゲ。ソイツは俺たちを威嚇するように低い唸り声を上げる。ここを通さないつもりらしい。
「“アサルトバウ”か!」
「私も戦うよ」
「バォォォ!!」
アサルトバウは長く鋭い赤い爪で俺を切り裂こうと飛び掛ってくる。彼は素早く伏せ、攻撃を回避する。
俺は伏せたままハンドガンの銃口をアサルトバウの腹部に向けて発砲する。乾いた音と共に一筋に血が宙を舞う。
「バゥゥゥ!」
「…………」
強い風がアサルトバウに向かって吹き始める。その風が起きたと同時に、ケイレイトはブーメランを投げる。それはぐるぐるとかなり早い速度で回転し、空中で曲線を描くように動く。そして、アサルトバウの背中に刺さる。
「バォォ!」
目をカッと開き、アサルトバウはケイレイトを睨みつける。そして、長く鋭い爪を振りかざして彼女を切り裂こうとする。
だが、その前に俺がアサルトバウの背中に飛び乗り、アサルトライフルで連射。連続する発砲音と共に銃弾がアサルトバウの背中にめり込む。
「バォォォォ!」
首を振り回し、体を激しく揺さぶって俺を振り下ろそうとするアサルトバウ。俺は慌てて背中にしがみ付く。だが、アサルトバウが急に動きを止める。なんだ?
「おっと、やべぇ」
アサルトバウの目に、ケイレイトの姿が映ったらしい。コイツは長い爪を再び振り上げる。
「…………!」
狙いが自分になったのに気づくのが少し遅れたケイレイト。それに気づいた時、表情が凍りつく。
だが、すでに時遅し。鋭い赤色の爪は彼女の肩を切り裂く。赤い爪に赤い液体が付く。ケイレイトは少し後方と飛ばされ、倒れる。
「うわぁッ! 痛いッ! 助けてッ!!」
激痛に襲われ、目を強く閉じ、歯を食いしばるケイレイト。彼女にアサルトバウの姿は見えてない。
アサルトバウは再び攻撃すようと、ケイレイトの近くに歩み寄っていた。彼女を食べる気なのかヨダレを垂らしながら近づいて来る。
「…………! や、やだ…… 死にたくないッ!」
そう言う彼女は俺を探すかのように辺りに目をやる。彼はすぐに見つかった。アサルトバウは俺の存在を忘れているらしい。……もっとも、もう気づいても遅いんだが。この時、俺は剣を使い、この魔物を突き刺そうとしていた。
アサルトバウは全く気が付いていない。俺は剣を頭に突き刺す。そこから血が噴出し、アサルトバウは首を振り回す。
「うぉッ!」
「メタルメカ!」
「バォォォォーー……!!」
頭から血を噴きながらアサルトバウは断末魔を上げ、その場に力を失ったように倒れ込んだ。大型の魔物の最期だった。
「大丈夫か?」
「な、なんとかね……」
ケイレイトは血の流れ出る肩を押さえながら、ゆっくりと上半身を起こす。
「とにかくその傷をなんとかしないとな」
「わ、私は大丈夫……」
「ここで待ってろ。俺が何か取ってくる」
再び雨が降り始める。俺はケイレイトを岩を背に休ませると、雨の降るハーベスト平原に向かって走っていく。重症の彼女を助ける為に……。
*
「ケ…レイ……」
「…………?」
「ケイレイト!」
「…………!」
俺の呼ぶ声でケイレイトは目を覚ます。戦闘の疲れと傷のせいで、寝ていたらしい。彼女は体を起こし、俺に顔を向ける。俺は右手に持った濃い緑色の薬草を差し出す。
「ハーベストフォレストで薬草を取ってきたぞ」
「……ありがと」
ケイレイトはそれを受け取り、口の中に押し込む。この薬草には再生力・治癒力を少しだけ高める効果があった。……といっても現代では化学薬品が主であまり使われていないのだが。
「うへェ! 苦いよ、これっ」
「ごめん、味はどうにもならない……」
「でも、ホントにありがとうね、私の為に……」
「気にするな」
その時、空から巨大な飛空艇が飛ぶ音が聞こえてきた。俺はケイレイトの腕を握り、近くの岩陰のまで移動する。
「な、なに?」
「国際政府の特殊軍だな。何でヤツらが……」
空を覆い隠すほどの大きさをした巨大な飛空艇。世界最大の超大型飛空艇プルディシアだ。こんなところに何の用だ? いや、ここは通過地点か。
「あの方角だと“ホープシティ”だな」
「どうする? 私たちの進む方角と同じだけど」
「今更テトラルシティには戻れないし、他の町や都市は遠すぎる。食料が本当に尽きてしまう」
「じゃ、ホープシティしかないよね?」
「……仕方ない」
湧き上がる不安。でも進むしかない。テトラルシティから“前に逃げ続けた”今、いまさら進路方向を変えるなんて出来ない。俺とケイレイトは、政府特殊軍の飛空艦隊がいなくなったのを確認し、再び歩き始める。
空は再び曇り始め、灰色の雲が空を覆う。北からの冷たい風が再び吹き始めた。
希望なき道から、希望ある道へと入ることが出来た。そう思っていた。だが、この道は本当に希望ある道なのか? 俺たちの心には、再び不安が沸き上がり始めていた。




