第2話 テトラル除去計画
別のレストランで適当な物をを探す俺とケイレイト。もうあのレストランに戻り、“試練のカレー”を食べるつもりはない。
店内は誰かに荒らされていた。誰かが先に来て、弁当や飲料水などを根こそぎ取って行ったらしい。また、停電し、アイスや冷凍食品は食べられなくなっていた。
「あ、お菓子発見」
「……朝ご飯だろ?」
「私はお菓子でいい」
「マジかよ」
棚から落ちていたお菓子の袋を開け、それを食べるケイレイト。しばらくしてから俺たちは店から出る。東の空がうっすらと明るくなり始めていた。もう夜が明ける。そろそろ死ぬかもな。
「結局お菓子食べたじゃない」
「仕方ないだろ? 他にいいヤツがなかったから。……っていうか他には何もなかったし」
そんな会話をしながら再び歩き始めるケイレイト。俺のその後に続く。もう銃撃音がほとんど聞こえなくなっていた。財閥連合の人間も市民もほとんど死んでしまったのかも知れない。
その時だった。
[――こ……国際政府特殊軍―兵団……、これより“テトラル除去計画”を……する!]
「えっ?」
俺の壊れた通信機にまた通信が入る。今度は国際政府軍の通信らしい。テトラル除去計画。いよいよ始まるのか。
一方、ケイレイトは驚いた表情を浮かべている。あれっ、国際政府軍の軍人っぽい服装しているのに知らなかったのか?
「そ、そんな! 本気でテトラル除去計画を!?」
「知らなかったのか?」
「知ってるよ! でも、まさか、本当に実行に移すなんて……」
悲しそうな表情を浮かべるケイレイト。だが、急に走り出す。さっきまでの余裕そうな表情は消えていた。
「急げ! メタルメカ」
「お、おう!」
「まさか、国際政府がそんな手段に出るなんて……!」
「所詮、上の連中は市民の事なんて考えてないのさ」
汗を流し、息を荒げながら俺は言った。日の出と共にリセット・ミサイルが飛んでくる。通信からしても、もういつ飛んできてもおかしくはない。
「テトラルシティの東部には私の乗ってきた小型戦闘機がある」
「それって今もあるか!?」
「たぶん! なかったらオシマイだよ!!」
そう言いながら走り続けるケイレイト。小型戦闘機ってマジか。もし、それがまだあれば、空路で逃げられるかも知れない。少しだけ俺の心に希望が湧いてきた気がした。
だが、黒ずんだ建物の角を横切った時だった。俺たちの前に突然、3人の人間が立ちはだかる。
「お前たちは……!」
「…………!」
アイツらは俺と同じ財閥連合に所属する人間だ。ただ、服装は俺のような全身を覆う黒色をした強化プラスチック製の装甲服じゃない。彼らの服には一部にしか装甲がなかった。残りは黒の布製を服。アレは財閥連合が雇った傭兵だ。
「おお、まだ生きた人間だぜ」
「へへへ……! あの女を殺せばまた貰える金が上がる」
「よ~し、ぶち殺してやる」
狂気的な目を帯びた傭兵達はアサルトライフルの銃口をケイレイトに向ける。バカか! お前たちももう捨てられたんだ! もう、財閥連合軍に戻っても殺されるだけだ!!
「止めろ! お前たち!!」
「誰だ、アイツ?」
「さぁな」
「ま、金の為に死んでいただきましょ」
「死ね!」
アサルトライフルの銃口から弾が発せられる。俺もまた発砲したが、ちょっと遅かったらしい。弾はケイレイトの額を目掛けて飛ぶ。
「…………」
メタルメカは絶望しららしく、目を閉じる。くそッ! ここまで一緒に来たのに……! だが、次の瞬間、思いもしない事が起こる。ケイレイトはその弾を“避けた”のだ。
「……は?」
「…………」
突然、風が吹き始める。その風は傭兵たちの方に向かって吹き荒れる。かなり激しい風に思わず目をつむる傭兵たち。
「な、なんだ?」
俺は強い風に思わず目を閉じる。どこからか何かを切り裂く様な音が聞こえてくる。少し遅れ、何かが倒れる音。やがて風は止んだ。俺は目をゆっくり開ける。そこで恐ろしい光景を目にした。
「…………!?」
傭兵たちのの頭がなくなって胴体は地面に転がってた。頭部は少し離れた所に転がっていた。まだ生温かい鮮血が地面を赤く染めている。
――何が起きたんだ?
俺は心の中でそう呟いた。自分は何もしていない。しかも、さっき起きたのは猛烈な風が吹き荒れただけ。あの時、首を斬る事も出来ただろうが、ケイレイトは剣を持っていない。では、なぜ彼ら3人の首は斬り落とされているんだ……?
「何が起きたんだ?」
「…………。私の能力」
ケイレイトはふとそう答えた。だが、俺の疑問は逆に増えるばかり。能力って? 首斬りの能力なのか? 風を起こす能力か? それとも両方なのだろうか? だが、彼女はそれ以上、何も言わなかった。
こんな所でのんびりしている暇はない。ミサイルが迫っている。脱出用のヘリを目指して廃墟同然の街中を俺たちは再び走り出した。
*
【テトラルシティ 西部】
俺たちはようやく小型戦闘機の前に到着した。後はこれに乗って逃げれば脱出成功なのだが……。
「ひゃーはっはっはっはっ……」
「…………!!?」
明るくなり始めた街に響いた不気味な笑い声。その声のする方向を2人はほぼ同時に見る。そこには狂気に満ちた表情をする1人の男性がよろよろと歩いていた。
「クリリテル市長!?」
「市長? アイツが?」
ハンドガンを持ち、ニヤニヤしながら歩く彼こそテトラル市長クリリテルであった。
「わたしの街は壊われた……! ああ、財閥連合と国際政府が壊したのだ……。こうなったらみんな死ねッ!!」
クリリテルはハンドガンの銃口をケイレイトに向け、なんの躊躇もせずに引き金を引いた。乾いた音と共にケイレイトの肩から血が弾け飛ぶ。
「キャァァァッ!!」
「ケイレイト!?」
俺は悲鳴を上げ、倒れようとするケイレイトの体をとっさに支える。彼女の右肩からは鮮血が流れ出ていた。
「テメェ!」
「私は市長! この街は私の国だ!!」
メチャクチャな事を言いながら、クリリテルは銃口を再びケイレイトに向けて発砲した。俺は発砲される前に彼女を抱きかかえたまま、素早く弾を回避する。弾は俺の脚をかするも急所には当たらずに、地面に穴を開けただけだった。
「ハハハハ~! クリーンなテトラル!!」
正気を失った彼は、ハンドガンの銃口を再び俺たちに向ける。だが、それよりも先に俺が発砲する。弾はクリリテルの腹部を貫き、血が噴き出る。彼はそのまま地面に倒れる。じわじわと赤い血の水溜りが広がっていく。
「これも俺たちが招いた事なのか……」
クリリテルの死体を眼下に、俺はそう呟いた。財閥連合軍がこの街に侵攻しなければこんな事にならなかっただろう。だが、今更悔やんでも、もう遅かった……。
*
俺たちを乗せた小型戦闘機はゆっくりと空に浮かぶ。そして、死んだテトラルシティを尻目に西に向かって飛ぶ。
次第にテトラルは小さくなっていく。不意に前方からミサイルとすれ違った。それは全くの逆方向に飛んでいく。政府特殊軍の放ったリセット・ミサイルだ。テトラルシティを完全に消し去る為の……。
「これでテトラルシティは終わりだな」
「…………」
小型戦闘機を操縦するケイレイトは何も言わなかった。彼女は国際政府軍の軍人だ。その心は辛いものがるんだろう。だが、それは俺も同じだった。俺たち財閥連合軍がテトラルシティに来なければ、今回の悲劇は起こらなかったハズだ。
そして、自然都市テトラルシティは死んだ――。
◆クリリテル
◇46歳男性。
◇テトラル市の市長。1年ほど前に行われた総合地方選で初当選したばかりだった。
◇「クリーンなテトラル」が選挙公約だった。
◇街が見捨てられたことは知っており、その関係で国際政府軍を憎んでいる。




