第十章 我ここにあり①
屋敷は街から遠くなかった。近付くにつれて、足取りが重くなる。まるで何かにとり付かれている気分だった。グレイスは、深い溜息をついた。
ナナーとアリスは、黙って付いて来ていた。ナナーの手には、昨夜編み終えたロウマへのマフラーが握られていた
昨日、自分が目撃したことを話したグレイスだったが、二人は大して驚いた素振りを見せずに、ただ静かに耳を傾けているだけだった。
話を聞き終わった後、二人は再びマフラーを編む作業に戻っていた。
なぜ二人は驚かないのだろうか。どうして悔しがったり、涙を流したりしないのだろうか。グレイスは理解することができなかった。
屋敷の門前にたどり着くと、グレイスは取り付けてある呼び鈴を鳴らした。
しばらくすると、門が開いた。現れたのは三十歳ぐらいの男だった。風采からおそらく、この屋敷で働く使用人だろうと考えた。
「何かご用ですか?」
「私の名はグレイス。今日は用があり、やって来ました。ご当主もしくは、それに代わる方に取り次いでもらえないでしょうか」
「当主のロバート様は、外出中です。また、代わりである長女のライナ様も同じく外出中。本日は屋敷に取り次ぎができる人物はおりません」
「左様ですか。それでは、ご当主はいつ帰られるのですか?」
「さあ、早い時もあれば、遅い時もあります。私もそこまでは……」
これは駄目かもしれなかった。考えてみれば、約束も無しに来たのである。明日出直した方がいいかもしれなかった。
「ピルトン、お客様なの?」
後ろから声がしたので、グレイスが振り向くと女性が一人立っていた。
「ディナ様、出かけられたのではなかったのですか?」
「ちょっと気分が悪くて、帰って来たのよ。見たところ、その人達は何か用があって、うちに来たみたいね。上がってもらいなさい。取り次ぎなら私がするから」
「しかし……」
「私では不満かしら?」
ディナという女性の語気が強くなった。途端にピルトンがひるんだ。グレイスの横に控えているナナーとアリスも、びっくりしていた。
グレイスは何も感じなかったが、どうやら大抵の人間はこのディナという女に威圧されてしまうようだ。怒らせたら面倒だから、なるべく静かにしていた方がいいかもしれないとグレイスは悟った。
「お入りください」
ピルトンがグレイス達を屋敷の中に導いた。




