八月二日⑥
けれども、今年はただで引き下がる気はなかった。自分はナナーに会いに行かねばならない。
ロウマは歩いて彼女の屋敷に向かった。
しばらくすると到着した。屋敷は決して大きくなかった。普通の貴族の屋敷に比べると、小さなものだった。
それでも宴を催す庭ぐらいはある。
『兄弟、会ってくれるだろうか?』
『会ってくれなかったら、どうするつもりだ?』
ラトクリフとベサリウスが話しかけた。今日はやけに優しく声をかけてくれた。
同情だろうか。だとしたらこの二人には、似つかわしくない言葉である。
「会うために来たのだ。是が非でも会ってもらう」
ロウマは門を叩いた。
召使いの男が、顔を出した。この男は、十年以上仕えているから、ロウマの顔を見知っている。
「これは右宰相。こんな時間にどうなさいました?」
「すぐにクロス殿とナナーを呼んでほしい」
クロスはナナーの父親の名前である。
「かしこまりました。少々お待ちください」
召使いの男は、その場から立ち去った。ほどなくして、クロスとナナーが姿を現した。
ナナーはロウマを見ようとすらしていない。
「右宰相、我が家に何か緊急の用でも?」
「クロス殿、その右宰相という肩書きは、この場では呼ばないでください。私はここではただのロウマです」
「では、ロウマ殿。どうかいたしましたか?」
「ナナーと話がしたいのです。時間はかかりません。ほんの少しだけです」
ナナーは、きっとロウマをにらみつけた。一緒にいたくない意味であることは間違いなかった。気付いていたが、ロウマは無視した。
「もう一つ、言うことがあります。本日をもちまして、私とナナーの婚約を破棄させてください」
「なんですと。ロウマ殿、どういうことですか?」
「詳しいことは明日、弟のノーチラスが手紙を持って来ます。そこに全て記しています」
「やはり娘が今まであなたにしてきたことが原因ですか?」
クロスはナナーがロウマの好意を無にしただけでなく、キールと親しくしていることも知っていた。だが、知っていたのに今まで強く叱らなかった。娘がかわいかった。それが原因だった。とんだ親馬鹿である。