八月二日④
「これをやろう。新しいオルゴールだ」
「えっ?」
突然のことにアリスは、びっくりした。今日は自身の誕生日でもないのに、ロウマがプレゼントを渡すなんておかしかった。
アリスは怪訝な表情をした。
「おかしいかな?私が人にプレゼントを渡すことが?」
「いいえ、なぜこれを?」
「気まぐれだよ。他意は無い」
アリスは附に落ちなかった。今日のロウマは少々おかしかった。
ロウマの目線は、アリスの左手の薬指に移っていた。指輪だった。ロウマが前にアリスに買ってやったものだった。あの時の商人は高価な石を使っていると言っていたが実際は偽物である。
「その指輪だが、新しいものに交換した方がいいぞ」
「いいえ、結構です。これは交換したくないです」
「でもそれは偽物だぞ」
「知っています。それでも大事にします。ロウマ様にもらったものですから」
アリスの目は真剣だった。この指輪を捨てたくないという意思が顕著に出ていた。
ロウマは自然と首を縦に振った。なんだか、ほっとした。自分はナナーに愛されなかったが、この子には愛されている。
出会えて本当によかった。
気が付くと、ロウマはアリスの唇に自身の唇を重ねていた。
味は甘かった。人に味は無いと思っていたが、こんなに甘い味があるとは思ってもみなかった。おそらくナナーより先にアリスに出会っていたら、確実に彼女を愛していただろう。
しかし、遅すぎた。取り返しがつかないくらい遅すぎた。それだけ自分はナナーを愛してしまった。
本来、ナナーがキールに好意を寄せている時点で諦めるべきだったが、自分は往生際が悪くできなかった。
いつか気持は伝わるものだという甘い考えが、頭から拭い去れなかったのである。
だが、その考えも今日で終わる。
アリスから唇を離した。まだ唇のぬくもりが残っていた。
「甲冑を着る。手伝え」
「甲冑ですか?」
「そうだ。どうしても着たくてな」
アリスは言われた通りに、ロウマの甲冑を持って来た。