女の戦い②
残った右腕を見つめた。なんの変哲も無い腕だが、何か違う感じがしてならない。毎日見ているのに、変な感じである。ロウマは一人で微笑んだ。今はハルバートン家の大浴場で入浴中だった。一体、何十人入浴できる広さだろうか。
屋敷に住んでいる人物があまりいないのに、どうしてこんなものを作ったのかロバートに尋ねたところ、初代の当主が大層な道楽者だったらしく、大浴場も彼と多くの愛妾が入るのに使っていたらしい。
聞かなければよかった。こんな立派な風呂が、そんな淫靡な風情が漂う場所だったとは、入っていても興醒めするだけだった。
上がろうと思ったロウマは、浴槽から身を起こした。
ガラリ。
気のせいだろうか。
入口でもあり、出口でもある扉が開いたような気がした。まさか勝手に開くはずあるまい。嫌な予感がしながらも、ロウマは振り向いた。
ナナーだった。
彼女は一糸まとわぬ姿で入って来たのである。ロウマの胸の鼓動が急激に高鳴った。しかし、ここは落ち着くべきだった。驚いているのを顔に出したら負けである。とりあえずロウマは平常心でいる事にした。
「どうした?」
「背中を流しに来たのよ。片腕だから、やりにくいでしょう」
「なるほど。だが、その必要は無い。私はもう上がる」
「遠慮しなくていいわ。ほら、こっちに来なさい」
「上がると言っているだろう」
それでもナナーは手招きをしていた。拒否権は無さそうだった。逃げる事も可能だが、脱衣場にある衣服を隠されている可能性が高かった。
もはや逃げられなかった。ロウマはナナーに近寄った。
「やっぱり来たわね」
「誰のせいだと思っている」
「何の事かしら?とりあえず座って」
ロウマはナナーに背中を向けるようにして座った。
同時にナナーは、はっとした。ロウマの背中の傷が目に入ったのである。
くっきりと残っている爪の痕。以前のナナーはロウマに抱かれることが、たまらなく嫌であり屈辱だった。
だから爪を立てた。痕がくっきりと残るのだから、血も出たはずだし、その後の痛みはあったはずだ。
「この傷……」
「うん?ああ、背中の傷か。傷なんて珍しいものじゃない。戦場に出ていたら自然と体の様々な箇所にできるものだ」
確かにロウマは背中以外にも無数の傷があった。
腕、足、脇腹など。
他にもまだ目で確認できるものがある。これらの傷は、ロウマが国を守るために負ったものだった。