不審な傷口⑫
やがてサイスが来たので、セングンは本題に入った。最初にセイウンに、怪我をした時の状況を尋ねた。
セイウンの口からはハシュクが言ったのと同じ内容が返ってきた。
次にハシュクが傷の説明をした。彼の説明が終わるまで一同は黙っていたが、終わった途端レジストが口を開いた。
「そのシャニスという男は、特殊能力者でしょうね」
「やはりそうか、レジスト」
「はい、セングン殿。俺はガキだったので覚えてないのですが、ジュリアス=アルバートの指揮下に何人か特殊能力者がいたのは残党の村でも有名な話ですから。そうですよね、サイスさん?」
「確かにクリスト殿が反乱軍を率いていた当時、ジュリアスは八人の特殊能力者を指揮官に任命していました。いずれも手強く、反乱軍も幹部が大量に戦死しました」
「父さんは、どうやって対処したんだ?」
セイウンが興味津々に尋ねた。
「クリスト殿も相当手を焼きましたが、五人は自分の手で討つことに成功しています」
さすが父だとセイウンは感心した。どんな危機的な状況に陥っても対処してみせるとは凄いものである。
「だが、三人は生き残ったのだな」
セングンが苦い表情になっていた。
「はい。ですが三人中二人は、反乱鎮圧後に退役して行方不明です。一人はジュリアスと共にその後も朝政にたずさわっていたようですが、近年引退しました」
「八人全員の名前は覚えているか?」
セイウンはためしに尋ねてみた。
「八人全員は無理ですが、ジュリアスとよく行動を共にしていた三人なら覚えています」
「言ってくれ」
「ダンテス=ドンゴラス、ハロルド=スウェン、カリアナ=ランポス。この中で生きているのはハロルドだけです」
「ちょっと待て。そいつらまさか……」
「彼らはロウマ=アルバートに従っている側近の父親です」
衝撃的な一言だった。
場が水を打ったように静まり返った。ロウマの側近のシャニス、キール、ゴルドーの父親達が自分の父と戦っていたとは夢にも思わなかった。
自分も間もなく彼らと本格的に戦う。
これも一つの縁なのだろうか。
不思議なものだと思いセイウンは一瞬だけ目をつぶった。
次に質問したのはそれぞれの能力についてだったが、サイスはこれについては答えられなかった。
「そんなはずはない。実際にお前は戦場にいたのだろう?」
「その通りですが、自分は嘘はついていません」
「じゃあどうして?」
「特殊能力者とジュリアスには、ある誓約があったそうです」
「誓約?」
「戦場では絶対に能力を使用しないことです」
「何だそれは?」
聞いた瞬間に間の抜けた声を出したセイウンだったが、すぐに察しがついた。特殊能力は体に負担がかかるので、己の命も縮めてしまう恐れがあった。
いわば諸刃の剣だった。
セイウン自身、この能力を霊となって現れたクリストから授けられた時に苦言を呈されていた。納得したセイウンは自分の仮説を一同に説明した。
「なるほど。戦場で能力を使わない理由は分かったが、それでは特殊能力者を指揮官に任命した意味が無いな。奴らはどこで能力を使っていたんだ?」
セングンの疑問にサイスが、すぐに答えを出した。
「彼らは立会人無しの一騎打ちを何回か挑んできました。おそらくその時に使っていたのでしょう。一騎打ちに挑んだのは、クリスト殿一人だけです」
「そんな命の保障が無いものをクリスト殿は受けていたのか?」
あきれたセングンだったが、横にいたセイウンも思わず首を縦に振った。
一歩間違えれば、だまし討ちされるおそれもある。父は人がよすぎたのか、それとも馬鹿なのかと首をかしげた。
「私もクリスト殿の真意は読めません。ですが、全ての一騎打ちで生きて帰って来たのは事実です」
「……確実に勝てると思っていたのかな?」
「……かもしれません。一騎打ちで五人は倒されましたから」
サイスの返したことに、口を開く者はいなかった。