不審な傷口④
「セイウンと戦った騎士の遺体はどうした?」
「逃げたそうだ」
「逃げた?」
「ああ。セイウンが落馬すると同時に、自分の馬に飛び乗って逃げたらしい」
セングンは信じられなかった。セイウンの槍の腕は、自分もよく知っている。
あの槍に突き刺されたら、間違いなく即死か重傷になって立つことも出来なかっただろう。
それなのに、騎士は何事もなく馬に乗って逃げたなんてそんなことがあるのだろうか。
「何者なんだ、そいつは?」
「セイウンが話していたが、そいつは以前、ロウマ=アルバートと一緒にいたシャニスという騎士に似ているらしい」
名前はセングンも聞き覚えがあった。シャニス=ドンゴラスではないだろうか。
自分の記憶が正しければ、シャニスはロウマの側近の中で最もロウマに忠実であり、周囲から「右宰相の犬」と呼ばれている男だ。
セングンはシャニスに直接会ってないが、人相書きなら持っていた。ハイドンが、異民族の土地に出発する前に渡したものである。彼はレストリウス王国の主だった連中の人相書きを持っていた。どうやら仕事上必要らしい。
セングンは人相書きを机の引き出しから取り出した。すぐにシャニスの似顔絵は見つかった。割と端正な顔をしている男だった。自分ほどではないが、張り合えそうである。セングンは思わず、鼻を鳴らしてしまった。
「とりあえず、僕もセイウンから話を聞きたい。ハシュク、医務室まで行くぞ」
「構わないが、今はエレンといるはずだ。二人の邪魔をするなんて無粋じゃないか?」
「邪魔して結構。最近、あの二人の痴話げんかは、以前より濃密になっているからな。あれは、城にいる独身男性には殺意を起こさせる十分な材料だよ。ここは一つ横槍でも入れておかねばならない」
そう言われてみれば、残党の村ではエレンは独身男性に人気があったらしく、城の地下でも「エレンを称える会」という意味不明な秘密結社が発足したようである。
結社に参加している連中にとって憎らしいのは、夫のセイウンなのは間違いない。
今回負傷したのを機に、何やら起きそうである。
「ある意味面白くなってきたな、セングン」
「お前もそう思うか、ハシュク」
二人はお互い、にやりと笑った。