苦しき日々④
立ち退くことは簡単だった。だが、その後はどうする。彼らの住む場所、食糧、寝床などは誰が提供するのだ。放っておけなかった。ロウマは首都から離れた所に手頃な土地を見つけ、新しい孤児院を建てた。
金は全て出してやった。どうせ有り余るほど持っているので、こんな時に使わなければ意味がなかった。孤児院の院長も子供も首都から引っ越すことになったが、立ち退きで露頭に迷うよりましだった。
「院長は、あなたに感謝していたわよ。今の生活があるのは、あなたのおかげだと言っていたわ」
「まだ覚えていたのか」
「子供達もあなたに帰って来てほしいそうよ」
ロウマの脳裏に、子供達の顔がよぎった。
元気にしているだろうか。もうすぐレストリウス王国も寒くなるはずだから、しっかりと寒さに備えて過ごしてほしかった。
気が付くと、頬を何かが流れていた。
涙だった。
思い出した。
レストリウス王国を出て行く時に言った言葉を。
本当の涙というものは、嬉しい時に流すもの。
「忘れていたな……涙の意味を」
限界だった。ロウマ床に突っ伏して、むせび泣いた。涙は床に落ちて吸い込まれていった。
ナナーが自分を抱きしめてくれた。温もりと髪から生じている香りがロウマの五感を刺激した。
「ロウマ……帰ろう」
涙を流しながら、ナナーは訴えてくれた。彼女の切なる思いが、ロウマの心を揺さぶった。
本気で言ってくれている。
ナナーは自分を信頼しており、帰って来てほしいのだ。
「ナナー、私は病気だ」
「知っているわ。でも元気そうに見えるけど……」
「見た目だけな。今はレイラの薬で抑えているだけだ。だが、彼女の薬もそのうち効力を失っていき、私は再び病に侵される。その時が最期だ」
「そうだったの……」
重い宣告だった。ナナーは一層悲しみが増してきた。やっと再会できたのに、一緒に楽しめる期間が短いなんて思いもよらなかった。
だが、それでもよかった。たとえ一緒にいる期間が短くても、わずかでもいいから彼と楽しみたかった。ナナーはロウマを強く抱きしめた。ロウマは思わず脇腹の傷の痛みが増した。