殺戮王⑫
雨がやむことはなかった。さっきから窓に雨粒が張り付いている。
張り付いた雨粒は滑って地面に落ちていき吸い込まれていくはずだ。窓から離れた位置にいるので、確認できないがおそらく予測通りである。
ロウマは目を覚ました。能力に目覚めて以来、重傷という言葉は皆無に等しい。戦で傷は何度も負っているが、ほとんどが一日で治っている。今度はだいぶひどいが、どうせ数日である。
ロウマの耳に何か入って来た。息づかいではない。
寝息である。
振り向くとナナーが自分のベッドに突っ伏していた。寝息は浅かった。寝入って間もないのだろう。
ナナーはどのくらい自分の側にいたのだろうか、とロウマは疑問に思った。最初からだろうか。一時間、それとも十分ほどか。
しかし時間なんて関係無かった。側にいてくれるだけでも十分嬉しかった。ロウマはナナーの髪の毛を、そっと撫でた。
さすがに勘付いたらしく、ナナーが目を覚ました。彼女はロウマが起きている事にびっくりしており、また自分が寝入っていた事にも驚いて戸惑っていた。
「起きたか?」
「ごめんなさい。側にいて看病するはずだったのに、寝てしまった」
「気にするな。疲れていたのだろう」
「……」
「かわいい寝顔だったぞ」
ロウマの頬がパチっと叩かれた。ロウマは頬が微かであるが、赤くなっていた。叩いたのはナナーだった。彼女の頬もロウマよりだが、赤みが増していた。
「こんな時に何を言っているのよ」
「正直な気持ちを言っただけだ」
「ありがとう」
それからロウマは窓の方を向いて無言になった。ナナーの耳に入って来るのは激しい雨音だけだった。さすがに無言はつまらないので、ナナーは声をかけた。
「さっきから窓の方ばかり見ているけど、どうかしたの?」
「別に。ひどい雨だと思っただけだ」
「そうね。早くやむといいわね」
また無言になるのかな、とナナーは思った。元来、ロウマは無口なので仕方がない。それに今日は傷を負っているから、しゃべらせるのは酷である。このままただ座っているのもいいかもしれない。ナナーもロウマと同じように窓を見つめた。
「私の能力を見たか?」
「えっ?」
いきなりロウマが話しかけてきた。
突然の事にナナーはとまどってしまった。
「私の能力を見たのか聞いているのだ?正直に答えてくれ。覚悟はできている」
なんのことだか、ナナーには理解できなかった。そもそもロウマの言っている能力というものが、何かさっぱり分からなかった。
困惑しているナナーを見たロウマは、彼女が本当に何も見ていないのだろうと悟った。
「何も見ていないのだな」
「ごめんなさい」
「謝罪なんていらない。しかし、見てもらえなかったのは残念だ。しっかりと目に焼き付けておけば、私を諦めてくれると思ったのに」
「何度も言わせないで。私はもうあなたを捨てるつもりはないわ。これからもずっと、あなたへの愛情と信頼を貫くわ」
ナナーは凛とした表情だった。
もう自分の信念を曲げたくなかった。
だが、ロウマは自分の首を横に振った。
「ナナー、今から言う事をよく聞け。聞いたら私をどう思って構わない。軽蔑しても結構だ。これは私がお前にずっと隠していたことだ。思えばどうしてこれを早く言わなかったのか、ずっと悔やんでいた」
ようやく話すことができる。心の奥底に秘めていた悪しき秘密。弟にも仲間にも話さなかった秘密。知っているのは父のジュリアスだけだった。
ロウマは重い口を開いた。