語り馬⑥
セングンとバルザックは吹き出しそうだった。ジェトリクスの主人はセイウンというより、もはやエレンだった。
「エレン、そいつは俺を見てあざけ笑っていたぞ。後ろを振り向いて確認してみろ」
言われたエレンは一応、振り向いたが、馬の表情なんて分かるわけがなかった。さすがのエレンも、セイウンが心配になってきた。
「セイウン、ハシュクに診てもらった方がいいわ。一緒に医務室に付いて行くから」
「俺は正常だ。セングン、バルザック。ジェトリクスは笑っていたよな」
「すまん、セイウン。白馬にエレンを取られたくない気持は分かるが、もう少し面白い冗談を言ってくれ。僕は結構、お笑いには厳しいぞ」
「セイウン殿、早急にハシュクを呼びましょう」
二人の反応も冷たかった。その場にいる全員が、セイウンの気が狂ったとしか認識していなかった。
「そうかい……いいよ。すまないが、俺を一人にしてくれ」
三人は納得してくれたらしく、素直に立ち去った。残ったのはセイウンとジェトリクスの一人と一匹だった。
セイウンはジェトリクスに顔を向けた。
「お前のせいで散々だよ。変人だと勘違いされたじゃないか」
『お前が変人なのは、今に始まったことじゃないだろう』
ジェトリクスが、もごもごと口を動かした。
いや、しゃべったのである。
事実、ジェトリクスはしゃべる馬である。馬がしゃべることは現実にはありえないが、実際にジェトリクスはセイウンと会話をしていた。
セイウンがこれに気付いたのは、ヴィドーからジェトリクスを譲り受けた三日後だった。馬草を換えるために厩舎の掃除をしていると、誰かの手が肩に触れた。人間が触れたにしては、やけに痛かった。
まるで硬いもので叩かれたようだった。
誰だか知らないが文句を言おうと思い、セイウンは後ろを振り向いた。
驚愕した。
ジェトリクスが、あぐらをかいていたのである。