語り馬⑤
セイウンの馬は白馬だった。立派な毛並みと凛々しい目をしており、身体付きもたくましかった。
セングンもバルザックも感心していた。
「確かに、これは滅多に見ない白馬だ」
バルザックが言った。
「その通りだ。これほどの白馬は、またといない。しかし、お前もまた立派に顔を腫らしているな、セイウン」
左の頬を痛そうにさすっているセイウンに対して、セングンが率直な意見を述べた。
「うるさい!こっちだって、わけも分からずに殴られたのだ。ちくしょうエレンめ……夫に手を出すなんて、ひどい暴力妻だ。もう許せん。ここは夫として威厳を見せねばいけない」
「誰に威厳を見せるの?」
エレンがセイウンの頭を鷲掴みにした。
一瞬にして、セイウンは沈黙した。
こんな弱い夫も珍しいとセングンはあきれてしまった。
「あんたは私に何回打ちのめされないと分からないのかしら。いつか死なないといけない時が来るかもね」
溜息をついたエレンだったが、そこへ白馬が近寄って来た。白馬はそのまま、エレンの頬に舌を当てた。
「ありがとう、ジェトリクス。私の悲しみを癒してくれるのは、あんただけよ」
白馬の名前はジェトリクスとなっていた。エレンが名付けたのであった。
ジェトリクスは、エレンを何度も舐めたり、頬ずりをしていた。
「美女に白馬か。実に様になっている光景だな。なあ、セイウン」
「……そうだな、セングン」
「なんだ、やけに元気が無いな」
「別に……」
セイウンは、そっぽを向いた。
今の態度で、察しがついたセングンだった。どうやらセイウンは、ジェトリクスに嫉妬しているようだった。
「相変わらず子供だな、お前は」
「お前は知らないのだ。あのアホ馬の本性が……」
「声が小さくて何を言っているのか聞こえないぞ」
もう一度聞き取ろうと思い、セイウンに質問しようとしたセングンだったが、それを破るかのようにエレンの叫び声が耳に入った。
「こら、ジェトリクス。やめなさい。もう、甘えん坊なのだから!」
ジェトリクスが、エレンの胸元に頭をすり寄せていた。
「アホ馬、エレンから離れろ!」
突然、セイウンが叫んだ。あまりにも必死な形相だったので、その場にいた全員が目を丸くしていた。
「どうしたの、セイウン?急に大声を出したりして……びっくりしたじゃない」
「エレン、そのアホ馬から今すぐ離れろ!そいつの邪な感情が読み取れないのか?」
「わけの分からないことを言わないでよ。ジェトリクスは、遊んでほしいのよ。動物は遊んでほしいという時があるでしょう。これは本能なの」
「その本能がまずいのだ。そいつは変態という文字を具現化したような馬だ。近寄ってはお前が危ない。エレン、すぐに俺の胸に飛び込め」
「危ないのはあんたの発言でしょう!どういう頭の回転をしているのよ!見なさい。ジェトリクスが怯えているでしょう」
確かにジェトリクスは、怯えたのような仕草でエレンの背後に回っていた。