我ここにあり⑩
ロバートが急に立ち上がり、ロウマに向かって斬りかかった。
咄嗟によけたが、ロウマの脇腹から赤黒い液体がにじみ出た。
「ぼうっとしてないで来いよ、ロウマ!」
「立ち上がる元気があるとは、なかなかだな」
「当たり前だ。俺はお前を殺すのだぞ」
それから何度も斬り結んだ。剣戟の音が庭中に響き渡った。
両者ともあちこち傷だらけになっていた。体から垂れているのは、汗か血か混ざり合っているので分からなくなっていた。
ロウマが地面に投げ出された。つばぜり合いに負けたのである。
ロウマは空を見上げた。澄んだ青である。自分の心もあれぐらい澄んでいればいいのにと思った。前にも同じことを考えたような気がするが、いつだろうか思い出せなかった。
考え事はやめにして立ち上がった。
「なあ、ロウマ。お前は何が欲しかった?」
「急にどうした、ロバート?」
「質問に答えろ。お前は何が欲しかったのか、尋ねているのだよ」
考えてみたが、頭に思い浮かばなかった。自分は何に飢えていたのだろうか。いや、考えるほどではないはずであるが、答えをどこかに置き忘れてしまったのだろう。
過去という遠いところに。
「分からないのか?」
「ああ……」
「分からないのなら思い出せ。俺と斬り合うことでな」
「そうだな」
ロバートが振りかぶった剣をロウマはかわしたが、彼は間髪入れずにもう一振りした。
ロウマの頬に新しい傷が誕生した。
もう一度つばぜり合いの勝負をした。
まだ思い出すことができない。
思い出せ。
ロウマはロバートを押してみせた。
ロバートが地面に転がった。
荒々しき息を吐いたロウマの視界に、誰かが入った。