八月二日⑦
「娘に、この場で謝らせます。今までのような無礼はさせません。どうか許してください」
「違います。そんなことで婚約を破棄するのではありません」
「それでは一体何が原因ですか?」
「それは明日、手紙を一読してください。ナナー、行こう」
ナナーはロウマの口から婚約破棄の報を聞いた時点で、呆然としていたが、ロウマの手が差し出されたのを見て、はっと我に返った。
自然と手が動いて、ロウマの手を取った。
「行こう」
「……ええ」
二人は、その場をあとにした。
ロウマとナナーは、神木まで歩いた。つないだ手は離していなかった。
「さてと、星を見たいが、本日はあいにくの曇り空で見ることはできない。残念だ。ここで見る星は、格別なのに」
「星なんてどこで見ても一緒よ」
「ははは、そうかもしれない。でも、私はここで見る星が好きなんだ」
「そう……」
それからしばらくの間、ロウマはナナーと話した。普段は話さないロウマも、この時は一所懸命口を動かした。
うまい内容がなかなか思いつかなかったので、ほとんど幼い日の思い出が占めていた。ロウマが話す一方で、ナナーは頷いたり、気だるげな返事をするだけだった。ロウマの話す事を聞くだけで嫌悪感が走るようだ。
ロウマは分かっているが、それでも話し続けた。
やがて話すことも無くなったので、ロウマは立ち上がった。
「もう行かないといけない」
「そう……」
「でも、その前に渡すものがある。受け取ってくれ」
ロウマは懐からオルゴールを取り出して、ナナーに手渡した。
意外なことに彼女は受け取ってくれた。もしかしたらいずれ捨てるつもりかもしれない。
だがそれでも嬉しかった。贈り物を初めて受け取ってくれた。いつの間にか体が震えていた。
ナナーは、そんなロウマに気付いているのか、いないのか分からないが、オルゴールのふたを開いた。
音色が流れ始めた。
美しい。一糸乱れぬその旋律は、人の心を包み込むようである。
「綺麗ね」
ナナーが言った。
「そうだな」
「なぜ泣いているの?」
「えっ?」
「涙が出ているわよ」
ロウマは頬に触れた。確かに、涙が流れていた。さっき体が震えた際に、一緒に流れ出たのだ。