俺と彼との攻防戦2
キーンコーンカーンコーン…
ガタガタガタ。
バタバタバタバタ…
バン!
本日最後の授業終了のチャイムが鳴ったと同時に一人の男子生徒が椅子を蹴倒す勢いで退き、鞄を掴むとダッシュでドアへと突っ込み開け放した。
その剣幕にクラスメート達が驚いた顔をしたが、相手が向井棗だと知ると途端苦笑気味な顔になり、帰る用意を再開したり走り去る彼に手を振ったり、頑張ってねと声援を贈ったりしていた。棗はそれらに軽く手を振ると、扉を開け廊下に出て脇目も振らずある教室へと猛ダッシュした。
目的の教室の前に到着すると、棗は扉の前で一旦深呼吸し乱れた髪を手櫛で整え身嗜みを整える。自身に一発小さく気合いを入れると、ドアを勢いよく開け放し中へ入ると瞬時にある人物へと視線を向けたのだった。
視線の先には、赤茶の短髪につり目がちの黒瞳に濃い紫フレームのお洒落眼鏡を着用した人物が居り、棗に気が付くと盛大に眉間にシワを寄せた。
棗は笑みを刻んだままその人物にマッハで近付くと、口を開いたのだが。
「あーすか先輩v一緒にかぇ――ブフッ!?」
言い終わる前に何かが棗の顔面にぶち当たり、棗は机を巻き込み床へと倒れた。棗は倒れながらも並外れた動体視力を駆使し、自身の顔面にぶち当たった何かが飛鳥の拳だと気付いた。
(愛しの先輩からのパンチ。むしろ本望です!)
ゴチンと盛大に音を鳴らし頭を打ち付け、きっと目の前に星が散っただろう棗の顔はゆるみきり至極幸せそうなのであった。
ニヤついた顔で気絶する棗がそんなことを思っているとは知らない飛鳥の友人の一人、金森敦が常識的に考え殴った飛鳥をたしなめた。それに飛鳥はバツの悪そうな顔で頭を掻き、瞳を左右にさ迷わせる。この反応をみて、どうやら棗を見て反射的に拳が出てしまったようだと答えを出した敦は呆れた顔をした。
「……飛鳥。いまのはちょっと」
「お?……いや。つい条件反射で」
どんな条件反射だと敦は思ったが、今までの棗と飛鳥のやり取りを見ていたので深くはつっこまないでおくことにした。
「うわー、綺麗に決まっちゃったねぇ。おーい、大丈夫か?向井くん」
飛鳥の友人の一人、芹沢拓海が棗のそばに屈むとその頬をペチペチと叩かくが、棗はピクリとも動かない。――こともなく、うっすらと薄目を開けたので、拓海はもう一度大丈夫?と声を掛けようとしたが、それよりも早く棗が拓海だけに聞こえる声量で言葉を発した。
「…S女と合コン」
いきなりの言葉に拓海は瞳を見開いたが、意味が通じたのかにっこりと笑みを見せると、素早く親指を立てたのだった。
そのまま棗が再び目蓋を閉じると、そんなやり取りに気付かない飛鳥と敦に拓海は顔を向け、棗が完璧に気絶しているようだと伝えたのだった。
ちなみにS女とは千華高等女学院という女子校で、可愛い子が多いと有名な高校である。
裏取引で合コンをゲットした拓海は、敦に近付くと共に飛鳥へ視線を向けた。
「飛鳥、やり過ぎじゃね?」
「確かに」
「…………」
ジトーとした二組(うち一人は演技)の瞳に見られ、飛鳥は嫌そうに顔を歪め舌打ちした。
そして、不機嫌顔のまま気絶し倒れた棗に近付くと。
ビターン!
「「………」」
「チッ!起きやがらねぇ」
ビンタした。
それは気持ちいいくらい良い音をさせ、棗の白く肌理細かい頬が真っ赤になるくらいに見事なビンタだった。
顔面パンチ喰らわせて気絶させた相手にビンタするか?という敦の無言の視線と、向井くんが起きてるのバレたら合コンが!との拓海のハラハラした視線に全く気付くこともなく、飛鳥は更に腕を振り上げた。
「うわわ!飛鳥タンマァ!合コ……じゃなくてそれ以上は!」
「ごうこ?――って、流石に往復ビンタはキツすぎだろ!!」
何をするために振り上げたのかわかった拓海が飛鳥の腕を慌てて掴むと、敦が拓海の不可思議な言葉に疑問を表したがそれどころではないと流し、飛鳥を羽交い絞めにし棗から離させた。
それに飛鳥は不満そうな顔をするが、必死に説得する二人に考え直し取り敢えずビンタは止めたようだ。
しかし、そうなるとコレをどうするか?
顔を見合わせた三人。
数秒見詰め合い無言でいると、飛鳥が咳払いをし宣言した。
「よし、放っとくぞ!」
「……飛鳥」
「せめて保健室運んでやれよ」
さっさと帰り支度を始めた飛鳥に二人の呆れた視線が突き刺さるがそれを総無視し、元凶の飛鳥は棗の横を通り過ぎ帰ろうとしたが。それよりも早く飛鳥の足首を掴むものがいた。もちろん棗だ。
本気で自分を放って帰ろうとした飛鳥に、棗は慌てて気絶したフリをやめ引き留めたようだ。
「おぉ!?」
「あ〜す〜か〜せ〜ん〜ぱ〜い〜」
飛鳥の足首をガッチリと掴み、まるで幽鬼の様に低い声で飛鳥の名を呼ぶ棗に盛大に飛鳥の顔がひきつる。
棗は起き上がると頬を膨らませた。
「ひ〜ど〜い〜で〜すぅ」
「だあ、鬱陶しい!語尾を伸ばすな、シャキシャキ喋れ!」
ゴス!
飛鳥の足が棗の頭を踏みつけ、棗の顔面が床にめり込んだ。
鬼畜である。
しかし棗は直ぐに顔を上げると、飛鳥を上目使いで見上げた。
「いたた、……う゛ぅ゛、飛鳥先輩酷いです。俺何にもしてないのに、いきなり殴るんですもん」
「う゛、ぃや、それは」
「スッゲー痛かったんですよ?だってグーパンですもん」
「……ぅう゛」
床にへばり付いたまま情けなく訴える棗に、飛鳥が言葉を詰まらせる。
飛鳥の瞳が左右に泳ぎ何か良い言い訳を考えているようだが、今回は抱き着きも頬擦りもされておらずに文字通りいきなり殴ってしまった飛鳥に非があるので何も思いつかないようだ。
そうこうしている内に、戦局は傾いた。
「痛いなぁ、凄く痛いなぁ?」
「……お前」
「あぁ、頭がフラフラする。こういう時は殴った人が介抱するもんですよねぇ?」
「………」
「殴った人って誰でしたっけ?」
痛いと言いフラフラするとまで宣った棗は、しかしニコニコしたまま立ち上がり飛鳥に詰め寄る。壁際に追い込まれ何処が怪我人だというのかさっぱりわからないと飛鳥は思ったが、それでも自分が無抵抗の棗を殴ったことには代わりないわけで、と頭の中でつらつらその様なことを考えてしまい、言葉に詰まってしまった飛鳥を見て、棗は押しきる好機とばかりに更に言葉を浴びせに掛かった。
「殴られた顔が、打ち付けた後頭部と身体が痛くて痛くて一人じゃ家に帰れないよぉ。誰かついてきてくれないかなぁ?…ねぇ?飛鳥先輩v」
「……………チッ!あーもー!一緒に帰れば良いんだろ。帰ってやるよ!」
「や、やった――ぉぶぇ!?」
色好い返事にすかさず反応した棗の満面の笑みに、飛鳥の鞄がぶつけられ非常に痛そうだが、恋する男には何のその。
鼻血も根性で押さえると赤くなった鼻を気にもせず、先に歩き出した飛鳥を追い掛けていく棗なのであった。しかし途中、飛鳥が扉から消えた後、棗は残っていた敦と拓海に振り返りピースサインをした。そして可愛い子呼んどきますから、これからもヨロシクお願いします♪と言い出ていったのだった。
「………可愛い子?」
「やった♪」
不思議そうに首を傾げた敦に拓海はにっこり笑い、先程棗と交わした裏取引を話し、それを聞いた敦は無言で拓海とガッチリ握手を交わしたのだった。
こうして棗の協力者は二人に増え、飛鳥包囲網は着実に狭まっていくのだった。
勝者→棗