大都市至上主義の招く狂気
区分所有建物は砂上の楼閣である。
現実の著者の私も、幼いころは実家(集合住宅)がまさか持ち家
だとは思っていなかった。
父が家賃を払って住んでいると思っていたが、
実際には一戸分の住宅ローンを払っていた訳だ。
この物語は、大都市至上主義や区分所有建物美化の風潮が
行きつくところまで行きついた近未来のお話だ。
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西暦2040年。奇妙なマンションが生まれていた。
首都・東京23区の杉並区に21階建てのオフィスビルがあった。
1階はエントランスやエレベーターホールなど共用部しかない。
2階~21階の20フロアが専有部の区分所有建物である。
各階床面積は350平米ほどだ。
10階を除く専有部は各階が1つの会社に所有されている。
しかし、10階はマンションと化しているのである。
そう、10階こそが区分所有建物の中の区分所有建物とでも言うべき
問題の奇妙なマンションだ。
10階は区分としては1区分である。
20個のカプセルベッドが並び、所有者の為の共有炊事場や
共有シャワー室(男女別)、共有リビングがある。
しかし、これらの設備を登記上の共有部にしてしまうと
10階以外の利用者(来訪者を含む)も使用して良いことになりかねない。
しかし、区分の中に当該区分専用の共有部や更なる区分を設ける
ことはできない。
そこで、このマンションは仕方なく共有持ち分制度を利用している。
10階という1区分の所有権を20人が持ち分で持っているわけだ。
20分の1の区分所有権をさらに20人で共有……
感覚的には400分の1の区分所有権を持っているようなものだ。
しかし、20人のマンション入居者の中で多数派を形成できても
このビル全体では20分の1の区分所有権に過ぎないのだから、
当然だが大した影響力は持てない。
ちなみに10階にせよ他の専有部フロアにせよ、
エレベーターホールからの廊下に直結している共有トイレ(男女別)
は正真正銘の共有部であるから、一応、来訪者も利用できる。
ビル10階にある、この「マンション」の住民は大都市至上主義に
毒された者たちである。「東京に住めるならカプセルベッドでも良い!」
と別荘でもないシェアハウスに莫大な金を支払うのは狂気に他ならない。
入居者にとっての真の専有部はカプセルベッド1台しかないのに、
入居者はそのカプセルベッド1台あたり5000万円を支払うと共に
管理費・修繕積立金で毎月2万円を支払っているのである。
入居者の多くは大企業正社員、怪しげな経営者、風俗嬢であったが、
ついに21人目・22人目の入居者が現れることになった。
Cカプセルの「区分共有持ち分所有者」(オーナー)が変わったのだ。
前のオーナーは大企業の正社員であったが、
今度のオーナーは20代のバンドマン3人組。
区分共有持ち分をさらに3分割したのである。
カプセルベッドは詰めても2人しか入れないから、
1人は共有リビングで野宿(?)するなり
ファミレスで時間を潰して夜を明かすしかない。
野宿(?)も板についてきたこの度、ついに他の入居者が声を上げた。
「お前らふざけるなよ!カプセルベッドに3人も住む奴があるか!」
怪しげな風俗業経営者が3人組に詰め寄って怒鳴りだしたのだ。
バンドマンが「規約に3人住んではいけないなんて書いてないだろ」
と反論すると、風俗業経営者がバンドマンの胸倉をつかんだ。
監視カメラ(ビル全体の共有設備。管理組合の決議なしの取り外し不可)
が風俗業経営者に「暴力行為に及ぶと東京居住権を喪失します」
と警告した。「当物件購入時に警察との情報共有に同意頂いていますので
お伝えしますが、あなたには既に暴行罪や脅迫罪の前科がありますね。
これ以上、犯罪を重ねると、当物件を含む財産が没収される可能性
も高いです」と監視カメラが続けたので、風俗業経営者は舌打ちしながら
胸倉をつかむのをやめた。
スーツ姿の別の入居者が出てきて言う。
「暴力は良くないですが、あなたがた3人組も悪い。
あなたがたには常識という物が無いのですか」
件の風俗経営者を含めて「そうだそうだ」と声を上げる者が多数。
しかしバンドマンはひるまない。
「俺たちは法律にも規約にも違反していないぞ」
「俺たちが住むのが嫌なら、初めから規約にそう書いておけばよかったんだ」
と言う。一応は正論である。バンドマンは住み続けた。
これ以降もカプセルベッドの持ち分をさらに分割する動きは続き、
5年後には、この「マンション」の入居者が70人まで膨れ上がった。
用を足すのもシャワーを浴びるのも一苦労だ。
この時代も東京23区の外では正常な住宅環境があったのに、
入居者たちは意地になってこの「マンション」に住み続けていた。
この時代、東京23区の外では結婚の早期化や出生率の回復傾向が見られたが
東京23区の晩婚化や出生率低下は留まるところを知らず、
この「マンション」の入居者は性的にストレートであっても皆独身であった。
さらに30年後、入居者の多くは独身の高齢者となっていた。
今日もまた老衰である入居者が死んだ。監視カメラが通報してくれるので
遺体は迅速に片付けられて、このマンションは今日も清潔である。
しかし、この地獄と化した「マンション」の終わりは唐突であった。
某国が杉並区に小型の原子爆弾を投下したのである。
「マンション」どころか、このビル全体が一瞬で蒸発した。
苦しまずに死ねたのだけが救いであろう。
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それから一か月。
内閣総理大臣が言う。
「文京区……俺の豪邸は無事でよかったよ。
今回の原子爆弾投下班は祖国で即決裁判の末、もう死刑になったらしい。
先週の閣議決定の通り、さいたま市へ遷都するぞ」
哀れ、首都にしがみついた者たちが過ごした「マンション」の跡地は
もう首都ですらなくなってしまいましたとさ。




