キングスゲーム
本作は「すべてが野球で決まる異世界」を舞台にした短編作品です。
もし少しでも楽しんでいただけたら、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
あと一人。
その言葉だけが、真夏の熱気に包まれた球場で、星瞬輝の頭の中を何度も反響していた。
スコアボードには九回裏。ツーアウト。ランナーなし。
マウンドの上でロジンを握り直し、星は静かに息を吐く。
観客の大歓声は、もう耳に入っていなかった。
今すべきこと……それは、目の前の打者を打ち取ること、それだけだ。
プロ入りから十二年。日本最強……いや世界一の投手とまで呼ばれた。
常時百六十キロ台の速球。打者の膝を砕くように鋭く沈むフォーク。
横滑りするスライダー。大きく弧を描きながら最後は鋭く落ちるカーブ。
どの球種も一級品で試合を支配することにかけて、彼以上の投手はいないと言われていた。
だが、それでも星にはなかったものがある。
メジャーでの優勝だ。
弱いチームではなかった。だが、勝ち切れなかった。
打線が沈黙した日もあれば、中継ぎが崩れた日もある。
星がゼロで抑えても、一点が遠い夜は何度もあった。
絶対的エースと呼ばれながら、優勝の瞬間だけには届かない。
その現実を何年も噛み締めてきた。
だからこそ……今日は違う。
ここを抑えれば、ようやく届く。
ようやく、自分の野球人生が報われる。
キャッチャーのサインにうなずき、星はセットに入った。
相手打者は、この日四打数三安打の好打者だった。
最後の最後で一番嫌な相手が残ったな、と冷静に思う。
だが恐れはない。
ここまで来たのだ。自分の球を信じるだけでいい。
初球、アウトローいっぱいのストレート。見逃しでストライク。
二球目、外へ逃げるスライダー。空振り。
ツーストライク。
球場が震えた。
あと一球。あと一球で、優勝だ。
星はグラブの中でボールを握り直した。
選んだのは、渾身のストレートだった。
変化球ではない。逃げでもない。今日、一番速い球で終わらせる。
振りかぶる。右腕がしなる。
指先から放たれた白球は、吸い込まれるようにキャッチャーミットへ――向かうはずだった。
カキィン!!
乾いた金属音と同時に嫌な感触が視界を貫いた。
打球は一直線に星へ向かって飛んできた。ピッチャーライナー。避ける暇は、なかった。
ゴッ、と鈍い衝撃。
世界が反転した。
いや、違う。自分が倒れたのだと理解するより先に、頭の奥で何かが切れたような感覚が走った。
歓声が悲鳴に変わる。
誰かが駆け寄ってくる。
遠ざかる視界の中で、星はただ一つだけ思った。
――優勝、できなかった。
それが、最後だった。
◇
『――きて』
声がした。
どこか遠くから、ささやくような、やけに柔らかい声だった。
『起きてください。さすがにそろそろ起きてくれません』
「……だれだ?」
自分の声が出たのかどうかも曖昧なまま、星はゆっくりと目を開けた。
そこは、どこまでも白い空間だった。
床も壁も天井も見当たらず、ただ白だけが広がっている。
そして、視界の正面には、一人の女性が立っていた。
息を呑むほどの美女だった。
長い銀髪は光そのものを編み込んだようにきらめき、青い瞳は静かな湖面のように澄んでいる。
白を基調とした衣装は神聖さを纏っていたが、本人の雰囲気は思ったよりも親しみやすい。
美人すぎて現実感がない、という感想が最初に浮かんだ。
「……ここ、どこだ」
「死後の世界です」
あまりにもあっさり言われ、星は数秒黙った。
それから、徐々に記憶がつながる。九回裏、ツーアウト、あと一人。打球。衝撃。暗転。
「……ああ、そうか。俺、死んだのか」
「はい」
「優勝、できなかったな」
言葉にすると、胸の奥が妙に冷えた。
死んだことよりも、そちらのほうが重かった。自分でも呆れるくらい、未練はそこにあった。
「史上最高の投手だとか、世界一だとか、散々言われたのに。最後は結局、優勝できないまま終わりか」
星は短く笑って、白い空間を見上げた。
「もう野球もできないなら、さっさと成仏でも何でもさせてくれ」
すると美女は、ふっと微笑んだ。
「そんなことをするために、あなたをここへ呼んだわけではありません」
「……は?」
「私はウィーナと申します。あなたに異世界で野球をしてもらうためにお呼びしました」
「……は?」
「私は大の野球好きなのです」
ウィーナは胸を張った。
「前世でのあなたの試合も、ずっと見ていました。あの伸びのある速球、切れ味抜群の変化球、土壇場での勝負強さ。特に七回以降にギアを上げるあの投球、最高でした。ええ、本当に最高でした」
「観戦勢の熱量が高いな」
「推しでしたので」
「推しって……」
「そんな推しが、優勝目前で死んで終わりなんて、あまりにも惜しいじゃないですか」
その言葉だけは、不思議と真っ直ぐ届いた。
惜しい。そうだ。自分でもそう思っていた。まだ終わりたくなかった。まだ投げたかった。まだ勝ちたかった。
ウィーナは続ける。
「あなたには、異世界へ転生していただきます。そこは戦争のない世界です。国家間の争いも、領土問題も、資源配分も、王位継承ですら、すべて野球で決まります」
「……全部?」
「全部です。野球で決まったことは絶対。だから人々は野球に人生を懸けます。代表選手になれば富も名誉も、望むものの大半は手に入ります。」
ウィーナは少し表情を暗くし、続ける。
「逆に、怪我をしたり、他の選手に座を奪われたりすれば、容赦なく解雇される。とても健全で少しだけ狂った世界です」
「少しどころじゃないだろ、それ」
「でも、あなたは嫌いじゃないはずです」
図星だった。
野球がすべてを決める世界。聞けば聞くほど、正気ではない。
しかし、同時に胸が高鳴ってしまう。
そこでは誰も、野球を軽く見ない。趣味や娯楽ではなく、国家そのものを背負う競技として存在している。そんな世界で、もう一度投げられるなら。
「……死なないのか」
「基本的に試合で死ぬことはありません。そこは安心設計です」
「安心設計って」
「あなたには前世と同じく投手として転生してもらいます。ついでに、私の特権でスキルも付与しましょう。推し補正です」
「露骨だな」
「贔屓できる立場にいるのにしない理由がありません」
星は思わず笑ってしまった。
死んだばかりだというのに、なぜだか今は少しだけ前を向けている。
未練を抱えたまま終わったはずの野球人生にもう一度続きが生まれる。その事実が、何より嬉しかった。
「分かった。やるよ」
「本当ですか?」
「ああ。また野球ができるなら、断る理由がない」
ウィーナの顔がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます! では早速いきましょう!」
「早いな」
「転生枠もスケジュール制ですので」
「そこも現実的なのかよ」
ウィーナが指先を鳴らすと、空間の一角に扉が現れた。まばゆい光を漏らす扉だ。
「では、新しい人生を。あ、それと最後に一つ。あなたの名前は現地仕様で少し変わりますが、魂の核はそのままですので」
「現地仕様?」
「行けば分かります」
「雑だな、おい」
「それじゃあ頑張ってくださいねー!」
その瞬間、星の身体が粒子になって崩れた。
視界が光に塗り潰され、意識が急激に遠のいていく。
最後に聞こえたのは、やっぱり少し楽しそうな女神の声だった。
◇
目を覚ました瞬間、星は泣いていた。
いや、泣かされていた、が正しい。
「おぎゃあああああああああっ!?」
口から出たのは言葉ではなく赤子の声で、視界に映るのは大きすぎる天井と、やたら優しそうな男女の顔だった。
(へ?赤ちゃんからなの!?)
心の中で絶叫したが、当然誰にも伝わらない。
こうして、元・世界最強投手、星瞬輝の第二の人生は、赤子から始まった。
◇
時は流れ――
驚くことにフォルヴァリスは、かなり恵まれた家に生まれていた。
父の名はフェルナンド・アルヴェイス。この国、ライゼン王国を代表する最強打者の一人であり、長年四番を務めてきた英雄だった。
豪快なスイングから生まれる打球は、まるで空に描かれた放物線そのもの。
幾度となく国の危機を救い、その一振りで人々に希望を与えてきた男だ。
母はルシア。野球選手ではないが、家族を支えることにかけては父以上にすごい。
食事、体調管理、メンタルケア、何なら試合前の験担ぎまで完璧で、フェルナンドが長く第一線にいられたのは、間違いなく母の力も大きかった。
前世では、家族にそこまで恵まれた記憶は薄い。
だからこそ、この温かさは少しだけむず痒かった。
そして何より、この世界の野球は想像以上だった。
魔法がある。身体能力強化もある。道具にも特殊加工が施される。
打者は炎を纏うようにスイングし、野手は風を切って跳び、投手は氷や雷の属性魔法を球に乗せる。
だが、それらが無秩序に暴れるわけではない。
ルールはあくまで野球だ。
ベースの配置もストライクゾーンもアウトカウントも、前世の野球に近い。
だからこそ、この世界の野球はフォルヴァリスにとって、異物でありながら理解できる競技だった。
そして、彼には確かな才能があった。
十歳になった頃には、同年代の子供たちとは比べものにならない球を投げていた。球速だけで言えば百二十キロ。
前世の感覚で言えば化け物じみているが、この世界は身体能力も成長も少しだけ常識が違う。
それでも、才能があるのは間違いなかった。
だが、家にいる限り、彼には一つの高すぎる壁があった。
「よし、来いフォル!」
庭の簡易マウンドで、父フェルナンドが笑う。
「今度こそ打ち取ってみせろよ!」
「言われなくても!」
ど真ん中低めへ投げ込む。伸びのあるストレート。フェルナンドのバットが軽々と振り抜かれ、打球は柵を越えていく。
「またかよ!」
「甘い甘い。今のは見え見えだ」
「見え見えって、百二十だぞ!?」
「父さんに言わせればスローボールだな」
悔しい。だが、不思議と楽しい。
前世ではもう味わえなかった感覚だった。
自分が絶対に抑えられない打者が目の前にいる。
何を投げても打たれる。配球を変え、コースを散らし、変化球を混ぜても、最後は捉えられる。
それが悔しくて仕方ないのに、楽しかった。
ああ、やっぱり自分は投手なんだな、とそう思った。
練習を終えた夜、フォルヴァリスは一人でステータス画面を開いた。
【フォルヴァリス 10歳】
【適性:投手】
【最速:120キロ】
【変化球:カーブ/スライダー/フォーク】
【キレ:Lv5】
【ノビ:Lv3】
【制球:Lv4】
【スタミナ:Lv3】
【スキル:勝利の女神】
「……ほんと、これ何なんだよ」
転生してからずっとある謎スキルだったが、一度も発動したことがない。説明文もふわっとしていて、『勝機に応じて祝福を与える場合がある』としか書いていない。場合って何だ。曖昧すぎる。
説明不足だなとウィーナの顔を思い出したところで、どこかからくしゃみが聞こえた気がした。
◇
さらに八年後。
十八歳になったフォルヴァリスは、ついにライゼン王国代表候補生選抜試験――トライアウトを受ける年齢になっていた。
この世界で代表選手になるということは、ただ野球が上手いというだけではない。国の命運を背負う資格を得るということだ。
勝てば国が潤い、負ければ国が傾くことすらある。だから選抜は厳しい。枠はわずか。
特に投手は、たとえ実力があっても舞台度胸や修羅場耐性がなければ落とされる。
「緊張してるか?」
試験会場へ向かう馬車の中で、フェルナンドが聞いてきた。
「……少しね」
「少しか。大したもんだ」
「父さん相手にしか投げたことないんだぞ。実戦形式って言われても、逆に怖いだろ」
「なら、なおさら楽しめ。お前は練習で世界の上澄みを相手にしてきたようなもんだ」
「自分で言うなよ」
豪快に笑う父を見て、少しだけ肩の力が抜けた。
会場は王都郊外の代表専用球場だった。観客席は満席ではないが、それでもかなり埋まっている。
家族や関係者だけでなく、将来の代表を見ようと一般客も集まるのだ。
フィールドの芝は鮮やかで、魔法障壁の結界が薄く張られている。
観客席への飛球事故や過剰な魔法干渉を防ぐための措置だ。
フォルは三人の投手が所属するチームに振り分けられた。
そして自分はベンチスタート。
試合が始まる。
一人目の投手は、魔法変化球型だった。
彼の球は美しかった。投じられたナックルは陽炎のようにゆらぎ、打者の目の前で存在がぶれる。
スライダーは氷上を滑る刃のように左右へ何度も折れ曲がり、ミットに収まる直前まで軌道が読めない。
三振の山。観客もどよめく。
「すげぇな……」
素直にそう思った。
だが、その支配は長く続かなかった。四回を終えた時点で彼の顔色は明らかに悪い。
魔力消費が激しすぎるのだ。球威も制球も目に見えて落ちていき、交代となった。
二人目は剛腕型。
こちらは分かりやすく規格外だった。
自分に強化魔法をかけ、全身の筋力と反応速度を底上げして、剛速球をひたすら叩き込む。
投じるたびに空気が裂け、ソニックブームが起きる。
キャッチャーが後ろへ吹き飛ばされ、審判までよろめく始末で、球場の空気は一気に熱を帯びた。
相手打者のバットが何本も粉砕される。
「派手だな……」
だが、それもまた万能ではない。
直球一辺倒と見抜かれてからは、相手も魔法強化したバットで芯を外しながら弾き返し始めた。
荒れ球が甘く入るようになると、一気につかまり、五失点。
気がつけば、試合は九回裏。
スコアは八対七。こちらが一点リードしているが、流れは最悪だった。
ノーアウト一塁。
ついに、フォルヴァリスの名が呼ばれる。
「三番手、フォルヴァリス・アルヴェイス!」
立ち上がった瞬間、不思議と足は震えなかった。
ただ、胸だけが熱い。
これが、自分の初めての実戦。
父以外の打者へ向かって投げる初球。
マウンドに立ち、ボールの感触を確かめる。
高鳴る鼓動を一つ、深呼吸で押し込める。
大丈夫だ。何度も修羅場はくぐってきた。
前世で。
キャッチャーのサインに首を振らず、フォルヴァリスはストレートを選んだ。
これが俺の球だ。
振りかぶる。全身をしならせ、指先へ力を集める。
放たれた白球は――
「デッドボール!」
審判の声が響いた。
「……え?」
渾身のストレートはバッターの腰に直撃した。
球場がざわつく。
フォルは一瞬固まった。父相手に投げていた時にはありえなかった。
いや、父は避けるか打つかしていたから、ぶつけたことがなかっただけかもしれない。
とにかく、想定外だ。
次の打者。落ち着け。今度こそ。
「フォアボール!」
ノーアウト満塁。
「やばい……!」
胃がきりきりする。球場の空気まで重くなった気がした。
ベンチを見る。監督役の試験官たちは、交代の動きを見せない。
試しているのだ、この状況で何ができるのかを。
逃げ場はない。
そこで、前世の記憶が浮かんだ。
満塁。大歓声。あと一本で終わる場面。
あの時も観客の声は遠かった。
結局、やることは一つしかない。自分の球を投げるだけだ。
「……そうだろ」
フォルはゆっくりと息を吐いた。
次の打者へ変化球を選ぶ。腕を振る。球は低めへ沈み、打者は引っかけた。
ボテボテの内野ゴロ。
「ホーム!」
捕手が素早く本塁へ送球し、フォースアウト。
ワンアウト。
「よし……!」
球場の空気が少し変わる。
まだ一点リードだ。まだ終わっていない。
次の打者。フォルは配球を散らし、ツーストライクまで追い込む。
最後は三振を取りたい。
ここで一つ、はっきりと自分を印象づける球を見せたい。
選んだのはストレートだった。
全力で腕を振る。
その瞬間。
白球が、淡く光った。
「――っ!?」
ボールの両脇から白い羽のような光が広がる。
まるで翼だ。球は地面すれすれを這うように進んだかと思うと、ベース手前で急上昇した。
打者のバットは空を切る。
「ストライク! バッターアウト!」
どよめきが球場を包んだ。
フォル自身がいちばん驚いていた。
「なんだ……今の」
今の球は、自分の知っているどの変化球でもない。
魔法も使っていない。スキルも発動した覚えがない。なのに、球は明らかに何かの力を帯びていた。
だが、驚いている暇はない。
二死満塁。最後の打者。
今度こそ打ち取れば終わる。
初球、ストレートでファウル。
二球目、フォークで見逃し。ツーストライク。
ここで決める――そう思ったが、そこから甘くなった。
ボール、ボール、ボール。フルカウント。
満塁、二死、フルカウント。
絶対に走者はスタートを切る。
ヒットなら逆転。押し出しでも同点。
そして打席の相手が、バットを構えた瞬間だった。
前世の光景がよぎる。
九回裏。ツーアウト。あと一人。打球。頭部への直撃。
嫌な汗が背中を伝う。
それでも投げるしかない。
全力投球。
打者が振り抜く。
ガギィィン!!
鋭い打球が一直線にフォルへ向かって飛んできた。
怖い。だが、逃げない。
「うおおおっ!!」
反射ではなく、意志でグラブを差し出す。
バシィッ!!
重い衝撃が掌を貫いた。
だが、落とさない。視線を落とすとグラブの中にはしっかりと白球が収まっていた。
一瞬の静寂。
次の瞬間、審判の右手が高く上がる。
「アウト! スリーアウト! ゲームセット!!」
球場が沸いた。
フォルはその場に立ち尽くし、それからようやく拳を握り締める。
勝った。
前世で取りこぼした“最後の一人”を今度は自分の手で掴み取った。
歓声の中、ベンチへ戻ると試験官たちの視線が一斉に集まった。
特に、監督役を務めていた壮年の男――代表選抜責任者のヴァンセルが、じっとこちらを見ている。
「フォルヴァリス」
「はい」
「一つ聞く。なぜ魔法もスキルも一度も使わなかった?」
周囲が静まり返る。
フォルヴァリスは正直に答えた。
「試したかったんです。素の自分の投球が、どこまで通用するのか」
「この一回しか受けられんトライアウトでか?」
「はい」
「落ちる可能性を考えなかったのか」
「考えました」
「なら、なぜだ」
フォルヴァリスは少しだけ考えてから言った。
「今までずっと、俺は球そのもので勝負してきました。もちろん魔法やスキルも武器になるでしょう。でも、まずは自分の芯が通じるのか知りたかった。通じないなら、そこから積み上げればいい。通じるなら、もっと上へ行けると思ったんです」
ヴァンセルはしばらく黙り込んだ。
それから、ふっと笑う。
「……恐ろしい心臓だな」
「よく言われます」
「だが、その心意気は嫌いじゃない」
ヴァンセルは試験票に印を入れた。
「合格だ。今日からお前はライゼン王国代表候補生として登録される」
その瞬間、フォルヴァリスはようやく全身から力が抜けた。
受かった。
終盤の投球内容だけ見れば、決して完璧ではない。死球に四球、満塁、偶発的な謎の球。
だが、それでも合格を勝ち取った。
ヴァンセルはさらに問いかける。
「もう一つ。お前が三振を奪った、あの白い翼の球。あれは何だ」
「……分かりません」
「分からん?」
「これまで一度も投げたことがありません。魔法も使っていません。たまたま、あの場面で出たんです」
ヴァンセルは顎に手を当てた。
「そうか。あれを意図して投げられるようになれば、お前はこの国で最高の投手になれるやもしれんな」
「そのつもりです」
即答すると、ヴァンセルは目を細めた。
「面白い。行けるところまで行ってみろ」
◇
家へ帰る頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。
門をくぐった瞬間、母ルシアが飛び出してくる。
「フォル! どうだったの!?」
「受かったよ」
「ほんとに!?」
「ほんとだよ」
次の瞬間、抱き締められていた。
母は目を潤ませながら何度もよかったよかったと言い、フェルナンドは腕を組んだまま、満足そうにうなずく。
「当然だな」
「その当然ってやつ、けっこう大変だったんだけど」
「だろうな。顔を見れば分かる」
「見てたのか」
「途中から客席でな」
「最初から見ろよ!」
「お前が投げるまで待っていた」
「そうかよ」
だが、そのやり取りさえ心地よかった。
その夜の食卓は豪華だった。肉料理が並び、スープは香り高く、パンは焼きたて。
祝いの日の食事だとすぐに分かる。
フォルヴァリスは何度も口に運びながら、今日の出来事を話した。
満塁になったことも、あの白い翼の球のことも、最後に打球を捕ったことも。
話を聞き終えたフェルナンドが、真面目な顔になる。
「魔法では聞いたことがないな」
「やっぱり?」
「少なくとも、俺は知らん。だとすれば、スキルの可能性が高い」
「スキルか」
「偶発的に発動したんだろう。勝負どころで発揮する。そういう類かもしれん」
「ずいぶん曖昧だな」
「スキルなんてそんなものだ。特に高位のものはな」
食事のあと、自室に戻ったフォルヴァリスは、すぐにステータス画面を開いた。
【フォルヴァリス 18歳】
【適性:神翼投手】
【最速:154キロ】
【変化球:カーブ/スライダー/フォーク/神翼球(未熟)】
【スキル:勝利の女神/女神の翼】
「……増えてる」
確かに、前まではなかった。
≪女神の翼≫
説明欄には短くこうあった。
『勝利を強く望み、窮地で振るわれた投球に、天上の軌道を付与する』
「窮地限定って、やっぱり使いにくいな……」
だが、同時に胸は高鳴る。あの球が自分の武器になるなら、この世界で戦う上で大きな切り札になる。
そして何より、適性欄が変化していた。
【適性:神翼投手】
ただの投手ではない。
この世界で、自分だけの投手へ変わり始めている。
「悪くない」
フォルヴァリスは画面を閉じ、窓の外を見た。
王都の夜景は静かで、遠くの訓練場からはまだ誰かの打球音が聞こえてくる。
この世界には、野球に人生を懸ける人間が山ほどいる。
その頂点に立つ。
前世で果たせなかったものも、この世界なら掴めるかもしれない。
◇
そして、二年後。
フォルヴァリス・アルヴェイスは二十歳にして、ライゼン王国代表の座を勝ち取っていた。
候補生時代は過酷だった。魔法変化球型の投手と対戦し、剛腕型と競い、技巧派の捕手と何度も衝突し、実戦の中で制球と配球を磨いた。
≪女神の翼≫の発動条件も少しずつ分かってきた。
単なる窮地だけでは足りない。自分が本気で勝利を欲し、なおかつ限界まで集中している時だけ、あの白い翼は球に宿る。
簡単には出ない。
だからこそ、価値がある。
そして今。
大観衆に埋め尽くされた国際球場で、フォルヴァリスはマウンドに立っていた。
代表入りして初の公式戦。
相手は隣国グランゼル帝国。
身体強化魔法に優れ、破壊力ある打線を誇る強豪だ。
観客席では、王国旗が何本も翻っている。
国王も貴族も平民も全員がこの試合の結果を見届けようとしていた。
勝てば交易権が拡大し、資源供給も優位になる。
逆に負ければ終わりだ。
野球で国が動く。
本当に狂っている世界だと改めて思う。
だが、嫌いじゃない。
キャッチャーがミットを構える。
その先の打席には、帝国の一番打者。
鋭い目でこちらを見据えている。
フォルヴァリスは静かに息を吸った。
怖さがないわけではない。
だが、それ以上に心が躍っている。
前世で届かなかった優勝も世界一のその先もこの世界ならまだ目指せる。
何より、自分はもう知っている。
最後の一人を打ち取れなかった悔しさも。打球が顔面に飛んでくる恐怖も。そこで終わる人生の虚しさも。
だから、今度は逃さない。
もう二度と。
グラブの中でボールを握り直し、フォルヴァリスは口元をわずかに上げた。
「ここからだ」
主審が右手を振り下ろす。
「プレイボール!!」
歓声が爆発する。
フォルヴァリスは大きく振りかぶった。
元・世界最強投手。
今世では、神翼投手。
その無双伝説は、ここから始まる。
――これが、すべてを決める“キングスゲーム”の開幕だ。
最後までお読みいただきありがとうございます!
本作は短編として書きましたが、反応次第で連載化も考えています。
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いただいた反応をもとに続編や連載版を検討していきます。




