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こがねの魚と銀の月  作者: 寄賀あける


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7/50

7  (シャーン)

 魔導士学校の二日目は雨だった。


 オリエンテーションが終われば、わたしたち初学年の学生は寮に戻り、それぞれに時を過ごすよう言われた。わたしはもう一つの企ての手掛かりを求め、図書館でこの学校の事を調べようと、寮監に図書館の場所を尋ねた。


「さすが……ですわね。初日から図書館で勉強だなんて」

寮監のレギリンスはわたしがビルセゼルトの隠し子だと知っている。いや、多分、魔導士界で知らない者はいないのだろう。


 きっとあの人は己の子を隠したりしない。わざわざ自ら口にはしないが、もし面と向かって問われれば『その通り』と答える。そう答えられた相手はそれ以上の追及が(はばか)られ、そこから先を憶測する。だからいろいろな噂がわたしの耳にさえ入るのだ。


 レギリンスは『さすが』という言葉の後ろに、きっと『校長の子』とか、それに類似したことを言おうとしたに違いない。お兄様も同じ対応をされ、さぞかし居心地の悪さを感じているに違いない。


 お兄様に会うチャンスはあるのかしら? 確かお兄様は黄金(こがね)寮。わたしは白金(しろがね)寮に配置された。


 図書館は講義棟の最上階だと、レギリンスは教えてくれた。行ってみると、広い部屋にいくつもの机が並べられ、何人もの学生が本に目を落としている。両腕を広げたほどの本棚が三架、間を取って置かれていた。


 学生が順に本棚の前に立ち、ある者はぶつぶつと小声で何か言い、ある者は黙ったまま本棚を見詰めている。そしてすぐに棚に手を伸ばし目的の本を手に入れ、並べられた机に着いたり、そのまま本を持って立ち去ったりしている。


「蔵書を並べていてはどれほど大きな建物を建てなくてはならないか」

と、レギリンスは言っていた。


「本は全て宙に作られた蔵書庫に保管してあります。読みたい本や、知りたいことを本棚の前に立って念じれば、見合う本を本棚が探して差し出してきますよ」


 わたしは誰も立つ者のいない本棚の前で願った。


(この学校の見取り図、建物の中も敷地も、なるべく詳しく教えて欲しい)

すると棚から一冊の本がはみ出してくる。これを見ればいいと本棚が判断したのだろう。机に席を取り、本を広げる。古い革表紙の本はこの学校ができた頃に作られたものだろうか? 


 最初のページは、建物と、それを取り巻く周辺が描かれたペン画だった。次に講義棟の外観が描かれ、平面図が続く。教科ごとの講義室、学年ごとの学習室、休憩室、食堂などが並んでいる。構内で一番大きい建屋だ。


 その次は教師棟の外観図・平面図、教師の住処となる棟だ。よくよく見ると、建物からはみ出す部屋がいくつもある。特に校長の自室にはキッチンやダイニングまであり、元の二倍はありそうだ。


 同じ要領で黄金寮、白金寮、赤金(あかがね)寮と続いている。


 各寮に談話室と売店、そこから男子寮と女子寮に別れた作りは共通していた。そう言えば、寮の部屋に拡大術は使えないと寮監から注意があった。学生の自室は綺麗な形で並んでいる。各部屋に学生の名が入っているので自分の部屋を探す。すると『シャインルリハギ』と、わたしの名前がある。どうやらこの本は、常に最新情報を提供してくれるようだ。勿論、黄金寮には兄グリンバゼルトの名前があった。


 そこでわたしは目的の人の名前を寮の部屋の中に探した。三回ほど見直したが、黄金寮にも白金寮にも赤金寮にもその名は見つけられない。教師棟のページに戻り、同じように探したがやはり見つけられなかった。


 さらにページをめくると、敷地内の配置図で、各建屋の位置関係がよく判った。そして庭の形や、噴水の位置、ベンチの配置、喫茶室の場所、植栽や花壇に植えられた花の種類まで、事細かに書かれている。最後は学校を取り巻く結界図だった。どう結界が張られ、市井の人々からどう見えているかがペン画入りで解説されている。


 どうやら隣接する『王家の森』が魔導士学校の敷地まで続いているように街人たちには見えるらしい。街人からは魔導士学校は大きな森でしかないという事だ。


 さらに『王家の森』についての伝説と事実が記載されていた。


 記載されていた、はずだった。


 伝説についてはオリエンテーションで言われたことと同じ内容、身の毛がよだつほど美しい魔物が住んでいて、その魔物に魅入られれば二度と森から出られない、だから足を踏み入れるな、とある。だが、『事実』については見出しがあるだけ、本文は滲んでとても読めたものではなかった。


 再び本棚の前に立ち、『王家の森の事実』が知りたい、と願ったが、本が出てくることはなく、さーっと棚にあった本、すべてが消えた。つまり、『事実』について記載された本がないか、あるいは禁書か、わたしには読む権限がないのかのどれかだ。


 机に戻り、広げたままの本をもう一度覗きこむ。王家の森は魔導士学校の一部と認識されていることを確認する。建屋にはいない、庭にいるはずはない――だったら〝王家の森〟に隠されているに違いない。


 オリエンテーションで言われた魔物は伝説だと判っている。『事実』が不明なのは少し不安だったが、魔導士学校が危険を放置しているとは思えない。


 今すぐ森に出掛けたかったが、雨が止む様子もない。魔が強まる雨の日に、伝説とは言え魔物が住む森に行くのは気が引ける。


 明日だ、と思った。明日もオリエンテーションの続きだけで、講義のプログラムは立っていない。時間は充分とれるだろう。


――魔導士学校三日目。


 深夜に雨は上がったらしく、翌日は早朝から晴天で、早春の木々は輝き、気持ちの良い風が吹いていた。


 朝食、学年でのオリエンテーションと続き、寮監と個別相談が終われば、あとは自由に時間が使えた。図書館で調べた記憶をたどり、魔導士学校の庭を歩く。


 確か、この辺りの(やぶ)だ。そこを抜けるとマグノリアの木の下、藪に囲まれた場所に出られる。マグノリアの木の下にはベンチのある閉ざされた空間が広がり、そこから藪の反対側を抜けると、学校の建屋には続かない、森に抜ける道に出られるはずだ。周囲に人目がないことを確認して、藪の中に分け入る。なるほど、ベンチが置かれた後ろにはマグノリアの木、今が盛りと花が咲いている。


 ぐるりと藪に囲まれて、内緒話をするにはもってこいの場所だ。足元は腐葉土だけど、その下はレンガ敷きのようだ。長年手入れされていないのは、きっと藪に隠されて忘れ去られているんだろう。よく見ると、いくつも足跡がある。この場所に気が付いた学生が内緒の場所にしているのだ。みんな、他の誰かに遭遇しないように気を付けている事だろう。なんだか愉快になって笑ってしまった。わたしも今日からその仲間入りだ。


 入った場所とは反対側の藪を抜ける。するとそこは思っていたのとは違って、道があるわけではなく、林になっていて、奥に行けば行くほど鬱蒼と茂っているように見えた。このまま森へと変わっていくのだろう。


 進むにつれ、木々の枝に小鳥やリスが集まって、わたしを眺めている。見た事ないねと、こそこそ話している。そりゃそうだ、わたしは初めてここに来た、そう教えてあげたいが、怖がらせるのも可哀想なのでやめておいた。


 お喋りな小鳥たちは次々に話題を変える。怖がらせず黙って聞いていれば、知りたいことが飛び込んくるかも知れない。


 森に行くつもりだ、森に行くよ……小鳥たちが騒ぎ始める。森の中から呼応するさえずりも聞こえ始める。やはり森には何か秘密がある。


 森の中からは『来させるな』『()れるな』『守れ、守れ』と途切れ途切れに聞こえてくる。わたしの傍の小鳥たちは完全に警戒鳴きで、油断すると襲われそうだ。中には『どうせ(はい)れない』と言っている小鳥もいる。


 ふっと、何かをすり抜けた感覚があった途端、ズンと空気が重くなる。学校の結界を抜け、森の領域に(はい)ったのだと思った。


 (はい)れたよ、あのコ、なぜだろう? 小鳥たちがまた騒ぐ。森の奥からも小鳥たちが集まってくる。


(よく見れば、ビルセゼルトに少し似ている)

(王家の姫だ)

(我らの姫にもよく似ている)

(王家の姫ならば森は入場を拒めない)


 わたしが父の娘だから森に入れたことは判った。森には入場制限が掛けられて、決められた条件を満たさない者は入れないようになっているようだ。だが、王家って? 姫って? ここは王家の森だけど、そんなのただの呼称だと思っていた――王家についてはまた図書館で調べてみよう。


 小鳥たちは付かず離れず、わたしを取り巻いている。もっと小鳥たちが何か話さないかと耳を澄ませた。


(ビルセゼルトの娘は一人)

(森が預かっている娘は一人)

(なぜあの娘は森に預けなかった?)

(ビルセゼルトは賢い)

(森はビルセゼルトを信用している)

(森はビルセゼルトより更に賢い)


(警戒しろ、警戒しろ)

(ビルセゼルトが森に預けなかった娘)

(預けなかったのにはわけがある)

(わけがあるのに森に来た)

(来てはいけない娘が来た)


(警戒しろ、警戒しろ)


(ジゼェーラに知らせろ)

(ジゼェーラが危険だ)

(ジゼェーラ、ジゼェーラ)

(我らの可愛い姫)


(守れ!)


 ざっと、鳥たちが飛び立った。


 小鳥たちの(さえず)りは一斉で、他にももっと言っていたかもしれない。だが、聞きたかったことは聞き取れたように思う。この森に目指す人がいる。ジゼェーラは森に預けられている、と小鳥は確かに言った。わたしの勘は当たっていた。


 来てはいけない娘、と言われたことが引っ掛かりはしたが、このまま進むことにした。わたしもビルセゼルトの娘には間違いない。小鳥たちのおしゃべりを聞く限り、危害を加えられることはなさそうだ。父は森に信用されている、ならば娘のわたしに攻撃したりしないだろう。


 小鳥たちは三々五々に飛び立った。それでもある一団は同じ方向に向かった。進路をその方向と定め、足を進めた。すると、すぐに小動物の妨害が始まり、判断に間違いがないことを実感する。


 足元を横切るウサギたちに転びそうになり、枝で小鳥やリスが威嚇する。夜行性のムササビが昼間なのに目の前を滑空し、足元で蛇が鎌首を持ちあげる。果ては目指す先にイノシシが姿を現し、たてがみを逆立てわたしを睨み付けた。


 さすがにイノシシは無視できず、『立ち去りなさい』と命じた。イノシシは(うな)()れて、『平和を望む』と言って立ち去った。森の動物たちはわたしが平和を乱すのではないかと恐れているらしい。


 イノシシのあとは小鳥たちも静かにわたしを取り巻き、見守っている。彼らの言葉を理解することにも気が付いたのだろう。そしてイノシシが出てきたからには、すぐそこに目指す場所がある。


 思った通り、すぐに魔導術の気配を感じる場所に出た。結界が張られている。


≪ 姿を現せ ≫

わたしの(めい)に、平屋建ての小さな建屋が現れる。


 たどり着いたのは建屋の裏手らしい。レンガ作りの壁が続いているだけだ。日差しの方向を見ると、なるほど、こちらは北にあたる。


 屋根には煙突が二つ突き出ている。暖炉が二つあるのか、それとも火のルートを二つ作ったのか? 


 結界の壁は感じたが拒否はなかった。結界に入場制限の痕跡がない所を見ると、きっと火のルートを使えば、誰でもここには入れるようにしているのだろう。問題は火のルートがどこに開通されているか、だ。まぁ、魔導士学校のどこか、と考えるのが順当だ。


 結界の中では森の圧を感じなくなった。森はこの場所に干渉していない。この敷地内は森の中にありながら、森の一部や森の領域ではない、という事だ。


 森の意思は領域の中では絶対だ。()れぬと決めたものは絶対に(はい)れない、出さぬと決めたものは死して朽ちても絶対に出さない。そんな森に囲まれたこの場所は、火のルートの管理さえ万全なら、堅い守りが保証される。まさに『姫』を匿うのに絶好の場所と言える。


 西側から南側の様子を窺う。人の気配がし、小鳥たちが我先に何か訴えているのが聞こえる。訴えられている相手は多分ジゼェーラだ。困惑しているのか、何も答えない。小鳥たちは騒がし過ぎて、何を言っているか聞き取れない。時どき、『ジゼェーラ』と呼び掛ける声が聞き取れるだけだ。


 ジゼェーラ……会いたいと、ずっと思っていた。母親は違うけどわたしの妹。あなたは何故、森に隠され、森に守られ、こんなところで育てられたの?


 すぐそこでドアが開く音がして、わたしを慌てさせる。南の外壁の西寄りにドアがあったのか、わたしが姿を隠す前に、ジゼェーラはわたしを見つけた。


 小鳥たちが彼女を取り巻いて、羽ばたいたり肩に留まったりして、やはりわたしを見ている。目の前に会いたかった妹が立っている。わたしを見詰めている。


 だけど……


 ジゼェーラからは力を感じない。ジゼェーラは魔女でも魔導士でもない?

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