46 (シャーン)
魔導士学校……もう何日目でもいい。
グリンが街屋敷に戻された翌日、顔色を変えてアウトレネルが白金寮に来た。ジゼルを森の住処に戻すと言う。
アウトレネルはジゼルの世話係の魔女たちを勝手に解雇したらしい。ジゼルを森に帰さず南の魔女の許にやり、入学年度になったら魔導士学校にと、ごく普通のことを考えた。グリンの事が一息ついてから、そんな内容の進言をビルセゼルトにした。
ところがビルセゼルトは、『森に隠さなくてはならない』と言うばかりでアウトレネルの言う事を聞こうとしない。アウトレネルは呆れるが、ビルセゼルトに逆らうわけにも行かず、ましてジゼルはビルセゼルトの娘なのだ。父親の意向を無視するなんてできない。
「それが……いつの間にかいなくなったの」
これは嘘ではない。魔女・魔導士は嘘が吐けない。それを踏まえてアランが考えた策だ。
わたしの街屋敷には一緒に行ったけれど、知らないうちにアランは自分の街屋敷にジゼルを連れて行ってしまった。もし、誰かにジゼルの行方を聞かれたら、その時の事を言え、とアランに指示されていた。知らないうちに、いつの間にかジゼルはいなくなった、それを言えばいいと言った。
「いなくなった? なぜもっと早く教えてくれなかった?」
さらに顔色を変え、アウトレネルが腰を抜かす。
わたしがアウトレネルを捕まえるのは難しい。アウトレネルはギルドの仕事で、ひとところに居たりしない。ジゼルがいなくなったと、わたしが報告するのは無理だ。アウトレネルもそこは判っている。
「ビルセゼルトになんて言えば?」
気の毒だが事実を言うわけにはいかなかった。
そのことをアランに言うと、ふーーーん、と何か考えてから
「今すぐジゼルを返すと、シャーンが知っていたと知られてしまう。だからすぐには返せない」
と言った。
「僕としては、ジゼルが罰せられたりしないという確証がなければ、個人的には返したくない」
「森の住処に戻すとしか、レーネは言わなかったわ」
「それってさ、ある意味、罰みたいだよね」
言ったのはデリスだ。
「人から遠ざけて、森に閉じ込めて、牢屋に入れられているのと変わらない」
「だがデリス、ジゼルをこのままにしておくのは誘拐だ。誘拐は犯罪だ」
「そりゃあ、そうだけど……」
わたしは気になっていたことを口にした。
「アラン、あなたのお屋敷にジゼルを入れたのはまずかったんじゃない?」
アランはチラッとわたしを見たけれど、すぐ目を逸らしニヤッと笑った。
「僕がジゼルを誘拐したとして、責任を問われるのはアウトレネルだ。いい気味とも言える」
「何を言っているのよ?」
「ついでに、少女を誰もいない屋敷に軟禁して何をしていたのかと、周囲が勘ぐってくれるともっといい」
「よせ、アラン」
デリスが声を荒げた。
「怒るな、デリス。そんな事実はないけれど、それが噂になればビルセゼルトは傷物になったジゼルを僕にくれるかもしれないじゃないか」
「アラン、いい加減にしないと本気で怒るぞ」
デリスの真面目な顔にアランが笑う。
「冗談だよ。くれるどころか、僕は殺させる覚悟をしなきゃ」
アランがため息を吐く。
毎日、三人で頭を寄せ合い考えたけれど、いい案が浮かばない。アウトレネルはビルセゼルトに内緒で探しまわっていたようだが、グリンが魔導士学校に帰る日が決まった時、ビルセゼルトに『ジゼルはどうしている』と問われ、とうとう白状した。
顔色を変えたビルセゼルトはものも言わず森に向かい、森中を探し回った。あげく見つけられず、ジゼルの住処を焼き払い、森に火を放った。が、その火はビルセゼルトがすぐに消した。ジゼルが森のどこかにいたら山火事に巻き込まれると、少しだけ冷静になったようだ。
しかし、ジゼルを見つけられない焦燥と怒りが収まることもなく、魔導士学校に戻ると校長室にアウトレネルを呼び、散々口論の末、校長室に暴風雨を起こし、雷を落とし、止めようとしたアウトレネルに攻撃術を仕掛けた。
事態に気が付いた教授たちが校長室に集結し、何とかアウトレネルを守り、呼び出された南の魔女がビルセゼルトに失神術を使う。そこでようやくビルセゼルトの暴走が止まった。グリンが魔導士学校に戻って三日目の出来事だった。
ビルセゼルトの暴走は森の結界の中と、学生の立ち入りが禁止されている教師棟の、しかも強力な結界が施された校長室での出来事で、我々学生に知られることはなかった。
だが、その翌日から校長の講義が全面的に休講となり、学生たちを驚かせた。ひと月余り前、休講したばかりなのに、あの勤勉な校長が再びの休講とは……
わたしがビルセゼルトの暴走を知ったのは、校長の講義が休講と知った日の夕食後の事だった。いつものようにわたしとアラン、そしてデリスはマグノリアの木の下で落ち合った。
「あんなビルセゼルトは初めてだって、親父が言っていた」
アランが元気のない声で言う。顔色が悪く、その上、左頬が腫れあがっている。
「親父はビルセゼルトの攻撃で、何か所か骨折して……癒術魔導士のお陰で明日には全快するみたいだけど、僕が呼ばれて話を聞きにいったんだ」
アランは父と二人きりだ。その父が大怪我を負えば、アランを呼ぶしかない。
「で、今の話を聞いたんだけど、さすがに顔に出てしまったようで、親父に『まさか、ジゼルがどこに隠れているか知っているのか』と訊かれた」
ジゼルは隠れているわけじゃない。隠されている、と僕は思い、『知らない』と答えた。親父は信用した。父が療養に与えられた部屋を出て、すぐさま僕は街屋敷に飛んだ。
「いなかったんだ、ジゼルが」
「え?」
デリスが顔色を変え、わたしは腰を浮かせた。
「いない、って、どういうこと?」
「屋敷の不侵入術は破られていなかった。火のルートも塞がれたままだった。ジゼルが自分でどこかに行ったとしか思えない」
「探さなきゃ、すぐ探さなきゃ」
浮足立つわたしにデリスが落ち着いてと着席を促す。
「屋敷を一通り、探した。無駄と判るのに時間はかからなかった。すぐさま魔導士学校の父の療養室に向かった。父を頼るしかないと思った。痛む足を引きずって父はビルセゼルトの部屋へ行き、まだ帰らずにいた南の魔女に指示を仰いだ。そしてギルドに帰り、ジゼルを探すチームを結成させたはずだ」
だからジゼルは必ず見つかる。僕たちは魔導士学校を出てはいけない。
「ジゼルがうちの街屋敷にいたのは僕の仕業だと言ってある。二人に話を聞きに来るようなことはないと思うけど、もし訊かれたら、なんとか誤魔化して関与していないふりを ――」
「そんな事できるはずない!」
デリスが落ち着けと、わたしの腕に手を掛ける。
「落ち着いてなんかいられない。ジゼルが心配だし、アランに押し付けるなんてできない」
するとデリスが言った。
「そうだとしても、今日は解散しよう。アランは疲れている。それに、アランのその頬っぺた、小父さんに殴られたんだろう? 冷やさなきゃ」
あぁ、そうだった、アランは魔導士学校と自分の街屋敷を往復したんだった。片道が精一杯と言っていたのに。
「ごめん、アラン」
わたしが謝ると、アランが薄く笑った。
「謝るのは僕だ。頼り甲斐がなくて済まない。結局、ジゼルの安全を確保しきれなかった」
もういいから、とデリスが立ち上がる。
「帰ろう、アラン。黄金寮まで送る。シャーンも早く白金寮に。決して軽率な真似をしちゃいけない」
デリスの目が『今、シャーンに何かあったら、アランが無茶をする』と言っているとわたしは感じた。




