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こがねの魚と銀の月  作者: 寄賀あける


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45/50

45 (ジゼル)

 このところ、毎日のようにシャーンが来てくれる。とても嬉しい。


 グリンがちゃんと人間に戻ったと、シャーンが教えてくれた。良かった。グリンは人間なんだから、人間の中で生きていかなければ幸せになれない。だれかがそう教えてくれた。誰だったっけ? そうだ、ビルセゼルトだ。グリンはビルセゼルトに、教わらなかったのかな? 魔導士学校では教えないのかな?


 わたしには好きな人が増えた。アランとデリス。


 あの木のような人、デリスはとっても優しい。見た目通り心も大きくて、動作はゆっくりしているけれど、それが暖かさを増しているように思う。


 そしてアラン。あの人は複雑。暖かくて冷たくて、柔らかくて硬い。でも、奥のほうはとても熱くて、その熱さは表に出る時を待っているみたい。とても親切で、自分よりも他者の事を先に考えている。とても強い人。そして(もろ)い人。いつも自分が(くず)れないように気を張っている。わたしの頭を『よしよし』と撫でてくれた。わたしもアランを『よしよし』と撫でてあげたい。


 シャーンはデリスの事もアランの事も好き。そしてアランの(そば)に行きたいのに、なぜか行かない。なぜ行かないのだろう?


 デリスはシャーンの事が特別な意味で好きで、アランの事がとっても好きで、きっとそれで悩んでいる。


 シャーンが来ているときにデリスも来たことがあったけど、あの時シャーンは泣いていた。デリスが泣かせた? そう思ったけれど、違っていた。アランが泣かせたんだった。


 わたしは窓辺で小鳥とおしゃべりしていて、聞いていないふりをした。デリスがシャーンと二人きりになりたがっている、そう感じたから。


 ソファーにシャーンが座り、デリスは(かたわ)らに(ひざ)をついて、優しい眼差しでシャーンを(のぞ)きこんでいた。


「いつごろ、返事を貰えるのかい?」

デリスの声は優しかったし、とても落ち着いて穏やかだった。


「ごめんなさい、デリス。判らないの」

シャーンの瞳に涙が溜まる。


「シャーン、それなら僕が答えを言ってもいいか?」

シャーンがデリスを見る。


「あなたは答えを知っているの?」

「シャーン、キミはアランが好きなんだろう?」

「……判らないの」

「なにが? 何が判らないのかな?」

デリスが悲しそうに(つぶや)く。


「もう、とっくにキミは気が付いている」

シャーンが両手を顔にあて、泣き声を上げ始めた。


「でも、アランはわたしを拒むわ」

「……そうかもしれないね」

そしてデリスはシャーンを抱き締めて、シャーンはデリスの胸で泣いて、泣き止むまでそのままだった。


「アランは素直じゃないんだ。それに強がりだ。その上、自信家なくせに、まったく自分に自信がない。困ったヤツだよ」

シャーンがデリスに頷く。


「僕にはアランの気持ちを動かすことはできないと思う。それができるのはシャーンだけだ。シャーンは自分の気持ちに素直でいればいいと僕は思う……素直でいて欲しい」

デリスがシャーンの頭を撫でた。ありがとう、シャーンの小さな声が聞こえた。


 それからもデリスとシャーンが鉢合わせすることは何度もあったけれど、シャーンが泣くことはなかった。冗談を言って笑い合ったり、わたしのことも仲間に入れてくれ、一緒にお喋りしたりした。


 デリスはシャーンを特別好きではなくなったように見せかけていて、シャーンもそう感じているようだったけれど、デリスにとってシャーンが特別なのは変わっていないとわたしには判った。


 グリンが魚に変わったあの時から、なぜかわたしにはいろいろなことが判るようになった。怖かったから黙っていたけれど、その力はどんどん強くなっていくのを感じていた。


 そう言えば、顔を見てもすぐには誰か判らなかったのに、今ではそれもない。ひと目でその人の名前が判る。何かを思いだそうとすると、頭に霧がかかったようになっていたのもなくなって、時にはすぐに思い出せないこともあるけれど、最近の事はすぐに思いだせた。なにしろわたしは変わっていった。言葉遣いさえも、以前と違うときがある。


 誕生日が近かった。封印が解かれる日が近かった。だからだろうと思った。


「グリンが学校に戻ることになったの」

ある日、シャーンが言った。

「もう、わたしはここに来られないかもしれない。でも、デリスは来てくれるから安心して」

「グリンはちゃんと自分を取り戻した?」

「そうね……髪の色と瞳の色が変わってしまったけどね」

「赤くなった?」

「どうしてジゼルには判るの?」

「自分はビルセゼルトに愛されていると、グリンバゼルトが気付いたから……本来の髪と瞳に戻った」

「え?」


「なぜかわたしにはいろいろなことが判る。なぜだろうな?」

「ジゼル? どうかした?」


 シャーンが驚いてわたしを見た。しまったと思った。わたしはどんどん変化している。それを知ればシャーンが心配する。自分自身、この変化に戸惑っている……シャーンに心配かけちゃいけない。


「ううん。言ってみただけ」

シャーンの瞳は疑っていたが、これ以上何を言っても墓穴を掘るだけだ。


「シャーン、大好き」

そう言ってわたしはシャーンに抱き付いてみた。


「わたしもよ、ジゼル」

シャーンは笑顔で抱き返してくれ、その日はそのまま帰って行った。


 それにしても、ビルセゼルトの話が出てこない。


 グリンが元に戻り一息ついたのに、ビルセゼルトはわたしを探していないのだろうか? シャーンからは何も聞いていない。


 捨てられた姫君と、小鳥たちは歌っていた……わたしはあの森に捨てられたってことか。捨てた娘がいなくなろうとどうでもいい。そう思おうとしたが、()に落ちない。それは違うと、頭の奥のほうから声がする。


 窓から空を見上げると、トビが飛んでいた。呼び寄せるとすぐに来たので、朝食の残りのベーコンを与えた。


(塩気だ、塩気がする)

大喜びでトビが食べる。おまえの体には悪そうだ、とは言わずにいた。


「王家の森魔導士学校を知っているか?」

問えば、もちろん、と答えてくる。


「では、行って校長ビルセゼルトの様子を見てきて欲しい」

するとトビが驚くようなことを言う。


(ビルセゼルト? あいつはご乱心で、アウトレネルが牢に閉じ込めたぞ)

「嘘だ!」

(鳥の間でも大騒ぎさ。あのビルセゼルトがね、って。おーーい)

トビがカラスを呼び寄せた。


(このお嬢さんにビルセゼルトの噂を話してやりなよ。おまえのほうが人間の近くにいる。詳しいだろ)

ご馳走さん、トビは羽ばたいていってしまう。


「ビルセゼルトはどうしたんだ?」

(ビルセゼルトねぇ……)

カラスは窓辺から部屋の中、テーブルにあるプラムを見ている。


「詳しく話せ。全て話せばプラムをやろう」

(あんた、魔導師でもないし、力も不完全だね)

聞かれてもいないのに余計なことを言う。無視していると、フフンと笑ってからカラスが言った。


(ビルセゼルトはね、娘がいなくなって半狂乱だよ。森の中の建屋をぶっ壊してしまうし、校長室もボロボロにしちまった。腹心のアウトレネルにも八つ当たりさ。でもそれは気が引けたんだろうね、大きく外して、その隙にアウトレネルや助っ人の教授たちに抑えられた)


「牢に入れられたって?」

(牢? そんなもんには(はい)っちゃいない。南の魔女が()ってきて、眠らせた。(しばら)く眠らせるって言っていた。その間に娘を探せと、魔女様が命じた)

カラスがわたしをじろじろと見始める。

(プラチナの髪、深緑の瞳、年齢はもうすぐ十三。あんた、ビルセゼルトの娘なんじゃ?)


「ほら、プラムだ、持っていけ」

窓の外にプラムを放ると、カラスが拾って持って行った。あのカラスは、南の魔女にわたしがここにいると知らせるだろうか?


―― だめだ、アランに迷惑がかかる。

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