44 (アラン)
僕の髪は生まれた時、透明だったそうだ。病弱だった母はそんな僕を見て、自分のせいだと泣いたらしい。標準的な体重よりもかなり軽く、産声も弱々しかったと父が言っていた。
「大丈夫、体力がついてくれば髪にも色が付く」
父は母をそう慰めた。
父の言う通り、生後三か月を過ぎる頃から、僕の髪はうっすら黄色くなり始め、母を喜こばせたという。
「このまま黄金色になれば……」
黄金色の髪は魔導術を使う際に必要となる神秘力を集めてくれる。魔導士としてプラスになる。だが、母の願いも虚しく、僕の髪は黄色から徐々に青みを帯びてエメラルドグリーンに変わっていった。
温かい色味を見せながら、冷たく輝くエメラルドの髪。これには父も驚き、母を慰める言葉を失った。
エメラルドの瞳を持つ者は珍しくない。だが、いろいろな髪色が存在する魔導士にも、髪がエメラルドとは聞いた事がない。僕の髪は〝ただの〟緑色じゃあなかった。
グリンのような黄金色、ジゼルのようなプラチナ、シャーンのような赤みを帯びた栗色、デリスのような漆黒、ビルセゼルトの炎のように燃える赤。
グリンやジゼルのように金属さながらに輝く髪は珍しい部類に含まれたが、いない訳じゃなかった。
ビルセゼルトの燃える髪はもっと珍しかった。体内に納まりきらない力が発散されて燃えて見えているのだが、燃えることでさらに力を蓄えた。それすら前例がないわけではない。始祖の王ゴルヴセゼルトがそうだったと伝えられている。
デリスの漆黒は攻撃を吸収し、自分を守る。シャーンの髪は栗の鬼皮と同じ光沢で艶めいて、様々なものを弾き、やはり己を守る。
それで、僕の髪は?――
父は明るい鳶色、母は青み掛かったグレイ。その間に生まれた僕が緑色であっても不思議はないが、二人の髪は他の多くの魔導士や街人と同じように普通で、僕と違って宝石のような透明感はなかった。
エメラルドさながらの僕の髪、真っ直ぐにサラサラと流れ、しなやかで柔らかいのに、まるでエメラルドで作ったかのように硬く輝く僕の髪。透明に見えて、透明ではない僕の髪――
ビルセゼルトはなんらかの力を秘めているのだろうと予測し、父を喜ばせた。が、その力がどのようなものかは判らないと言った。いずれ発動されるときが来る、それまで待つしかないと言った。
それから十五年が過ぎるが、秘められた力の発動は兆しすらない。ビルセゼルトはきっと、父を慰めるために、そう言ったのだと僕は思っていた。
シャーンから、グリンが人の姿に戻ったと聞き、そして髪の色が燃える赤に変わったと知った時、正直、僕は羨ましかった。勿論そんな事、おくびにも出さなかったけれど。
グリンは元気になるまで親元に帰されることになった。だからシャーンも頻繁に街屋敷に帰ると聞いて、実はホッとした。シャーンがこっそりジゼルの様子を見に行けると言ってくれたからだ。
魔導士学校からジゼルを隠した屋敷までの移動術は僕を疲弊させた。しかも、すぐ戻らなくてはならないとなるとなおさらだ。
今までも時どき飛んでいたが、その時は屋敷にいつも一泊していた。デリスが察して、この四日、引き受けてくれていたからなんとかなったけれど、僕は自分の考えのなさをひしひしと感じていたのだ。
グリンの髪が燃えるような赤に変わったと聞いて、なぜ僕の髪は強さを補う色に変わってくれないのだろう、と思った。
グリンはもともと黄金色で神秘力を集める色で、それが抜け落ちたら、今度は力を蓄える燃える赤に変わった。
僕の髪は相変わらずで、一生このままなのだろうと諦めている。
綺麗な髪と女の子たちは言ってくれるけれど、そんな言葉は欲しくもなかった。なんの役にも立たなかった。
そして……グリンが街に戻り、ひと月以上が過ぎた。
デリスはシャーンとジゼルのところで落ち合い、付き合い始めたようだ。
『僕がシャーンから目を離せないのは〝同類の絆〟だって、アランは言うんだ?』
『そうだね、それとデリスがシャーンに一目惚れしたから』
パッとデリスの顔が赤く染まる。デリスがシャーンと知り合った、あの日の事だ。
『同類の絆もあるけれど、多分弱いものだ。二人とも表情を変えなかった。魅惑の瞳の線はなかったね』
僕は言った。
『だけどシャーンもデリスに魅かれた。そう思うよ』
僕はデリスを嗾けていたと思う。今まで、他の誰かにしたのと同じように。
ずっとシャーンに会える日を楽しみにしていた。そのシャーンがやっと魔導士学校に来た。でもシャーンは僕の事なんかすっかり忘れていて、しかもデリスに興味を持った。なんだ、二人は互いに一目惚れか? これじゃあ、僕の出る幕なんかない。
デリスなら頼りになる。頼りにならない僕と違い、頼っていい相手だ。シャーンを幸せにしてくれるはずだ。
本気でそう思っていると僕は自分を誤魔化そうとしたのに、いつの間にかシャーンは僕を見ていて、僕は嬉しくて自分を隠すのを忘れてしまった。
ついグリンにシャーンを口説くなんて宣言し、親父にシャーンへの思いを打ち明けてしまった。
親父は困った顔をした。ビルセゼルトが許さないと思ったのだろう。その親父を見て、僕も改めて自分を省みた。
親父はビルセゼルトに確認したようで、シャーン次第だと言っていた、と僕に言った。
シャーン次第……だったら僕は、シャーンの気持ちがデリスに向かうようにしよう。シャーンの気持ちはまだ固まっていない。
マグノリアの木の下でジゼルを囲んだあのベンチで、僕はジゼルを見詰め、ジゼルの肩を抱いた。それを見てシャーンの瞳は確かに揺れた。僕を見限るはずだ。
なのにショックを受けたシャーンにデリスが気付く。デリスはシャーンの思いに気付いてしまった。どうしてこうも巧くいかないのだろう?
どうしたものかと思っているうち、グリンは家に戻され、シャーンがジゼルのところに行き、デリスとジゼルのところで会うようになり、デリスはシャーンを射止めたようだ。二人に確かめたわけではないけれど、二人の様子を見ていれば判る。二人は僕には介入できない信頼関係を築いている。
これでいい……シャーンが幸せならばそれでいい。
幼い頃、尻尾を切って逃げたトカゲは見つからなかった。
『本当にトカゲ、死んでない?』
あの時、シャーンはそう言って僕の髪を撫でた。
『アランの髪と同じ色のトカゲが、死んでしまうのはイヤだったの』
僕は忘れていない。忘れられない。シャーンのあの涙、僕に向けてくれた愛情。エメラルドグリーンの光沢を放つトカゲはどんなに探しても見つけられなかった。そして、今、僕は――
シャーンのトカゲの尻尾は僕だ、そう感じていた。




