42 (アラン)
マグノリアの木の下に結界を張った。シャーンに聞いた話から、ビルセゼルトがこの場に現れることはないと判断できた。一時限目が終わった後の事だ。
「髪の色や目の色が変わるのはよくある。年を取って白髪になったりするのと変わらない」
「だが、ビルセゼルトほどの魔導士がそこまで消耗するとは珍しい」
せっかくシャーンを落ち着かせようとしているのに、デリスが余計なことを言う。
「大丈夫、二・三日で戻るって、うちの親父が言ったんだろ。その通りになるさ」
それにしても、親父だ。ジゼルを攻撃するなんて、何を考えているんだか。
「罰せられる?」
震えながらジゼルが問う。
「大丈夫よ」
と、シャーンが抱き締める。
それでも瞳に涙をためてジゼルが願う。
「闇に入れるのだけはやめてくれる?」
「ジゼル、キミに罰を受けさせはしない」
断言する僕に、シャーンが不安げな目を向ける。そんなシャーンを見て、デリスが僕に問う。
「やっぱり、アウトレネルはジゼルの責任を問うつもりなのかな?」
「そんな事は断じてさせない。ジゼルのどこに責任がある? 罪がある? 第一、ビルセゼルトが許すはずがない。ビルセゼルトが許しても南の魔女が許すものか」
そう言いながら、『本当にそうだろうか?』と思ってしまった。
ジゼルは生まれてすぐ、魔導士学校に移されている。つまり、母親である南の魔女はジゼルを育てていない。そしてビルセゼルトはこないだ見たとおり、ジゼルに愛情を示さない。そしてその理由が判らない。
「アラン、自信がなさそうだ」
僕をよく知っているデリスが悲しげに言う。
「うーーーん」
親父のことを考えてみる。
九日間戦争が終結し、双子の弟と親友を同時に失くしたビルセゼルトの許に、親父はすぐにでも行きたかった。だが、病弱な妻、つまり僕の母を思い、それができずにいた。今でも親父はそれを引け目に感じていて、ビルセゼルトに向ける忠誠は僕が見てもかなりのものだ。
さらに街の魔導士の頃、ビルセゼルトからグリンを頼むと言われていたようで、グリンに対する愛情もある。シャーンに対しても同じだろう。
今回、シャーンも関わっているのに、ジゼルのみ責めているのもそこに由来するかもしれない。
つまらん、そう思うが、感情というものは厄介なものだ。個人的な感情を持ちだすな、と父に言いたいが、認めないだろう。認めるようなら最初から、ジゼルを責めたりしない。
「うーーーん」
唸ってみても、いい考えは浮かばない。
「逃がす、か?」
ポツリとデリスが言った。
「逃がすってどこに?」
シャーンが尋ねる。
「その子は森の守護を得ている。それもかなり強い。たぶん『王家の森』の守護、だからどこの森にいても安全だ」
「森に逃がすのか?」
僕の問いに、シャーンが
「そう言えばレーネが『森に隠すな』って言ったわ」
と僕を見る。
「それは王家の森に、って意味だ」
答える僕に
「王家の森ではなく、ほかの森に隠したほうがいい」
とデリスが言う。
「でも、そう何日も森に置いておけないわ」
とシャーン。
そりゃあそうだな、と思う。何日も森に寝泊まりさせられない。森の守護で守られていても、魔導術が使えないジゼルでは雨風を凌ぐこともできない。
「うちに隠すか?」
つい、言ってしまった。
「うちの街屋敷は、今、空き家だ。母が亡くなって、ギルドの管轄地に移ってからは、時どき手入れしているだけだが、生活に必要な物は揃っている」
「アラン、親父さんに――」
「だが、火のルートは使えない。封鎖してある。開通したら即、親父の知るところとなる」
デリスの言葉を遮ってそう言うと、
「通報術か、侵入者避けだね。門には?」
デリスも諦めたのか、後押ししてくれそうだ。
「気が向くと僕が行くから、通報術はない。不侵入術だけだ」
火のルートがないお陰で、移動術を使うから疲れちまって堪らない……つい愚痴を零してしまった。するとデリスが『魔導士学校からあそこまで飛ぶのか? 疲れるに決まっている』と呆れた。
「うちの街屋敷はシャーンの家の隣街にある。グラリアンバゼルート北部に隣接する『霧降る白鷲の森』を庭の一部としている。そして霧降る白鷲の森は、シャーンの屋敷の裏手の森『ペガサスの住処』に続く。いざとなったら、二つの森を抜け、シャーンの屋敷に逃げることもできる。街人が使う森を抜ける道もある。こっちのほうが近いけれど、あまり治安が良くないから使わない方がいい」
「街の治安が良くないの?」
シャーンが不安げに問う。
「いや、その道は街に通じる街道から別れた道だ。街道はぐるりと回ってシャーンの街とは別の街を経由している。もちろん、うちの街屋敷があるのは平和な街だ」
「それなら安心ね」
シャーンが僕に微笑む。ふと、デリスを見てしまい、デリスと目が合い、気まずく互いに顔をそむけた。
シャーンへの思いをデリスに気付かれた。そう思った。でも、今、それを持ちだしてくるデリスじゃない。この件は持ち越しだ。
シャーンはジゼルに問いかけている。どうしたい? ここを抜け出して、どこかに隠れる? 一人で心細くない?
「わたしはいつも一人。そこに小鳥は来る? 来るなら小鳥とお話ししている。すぐ仲良くなれる」
シャーンが複雑な表情を見せる。そうだよね、小鳥がいれば寂しくない、なんて聞かされれば悲しくなるよね。
「それじゃあ、決行は今日、カラスの刻。みんなが食堂に行って留守になった白金寮の談話室から、シャーンの家に飛ぶ。リリミゾハギに挨拶に行こう。久しぶりですって」
「グリンが魔導士学校に入った時には来なかったのに?」
「あ、そっか。じゃ、シャーンのボーイフレンドだってデリスを紹介しに行こう」
僕の冗談にシャーンは笑ったが、デリスは難しい顔をしただけだった。
各寮の談話室の暖炉は、学生一人に付き一箇所だけ開通が許されていて、たいていみんな親元を指定する。朝食後から就寝時刻までなら、原則行き来自由だ。
それを利用してシャーンの屋敷に行き、そこから僕の屋敷まで移動術を使ってジゼルを連れて行く。食事はなるべく日持ちのするものを用意して、日に一度は誰かが様子を見に行く。
ジゼルを連れて行ったとき、不侵入術に人物設定を付けた入場制限を掛けることを忘れないようにしないといけない。これで巧くいくはずだ――巧くいくはずだった。
その時の僕は、自分が考えの足りない若造だったと打ちのめされるとは、思いもしていなかった。




