表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こがねの魚と銀の月  作者: 寄賀あける


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/50

41 (シャーン)

 そして魔導士学校十一日目。グリンが行方不明になって三日目。


 あれからジゼルはわたしの部屋にいる。食堂以外に出ることを禁じられ、わたしが講義に行っている間は部屋にいること、談話室にも出てはならない。


 理由はよく判らない。その措置を言ってきたのはアウトレネルで、寮監にも内容を知らせていないようだった。あの日の夕食の後、白金(しろがね)寮に来て直接わたしに告げたのだった。


 そしてわたしを除いて誰とも話をしないよう、ジゼルに言い渡したのもアウトレネルだ。だがその言いつけはアウトレネルの愛息によって即刻、破られた。


「ビルセゼルトはジゼルをどうしたいんだろう?」

知られたら大変だからと、わたしが止めるのも聞かず、アランはジゼルとわたしをマグノリアの下に連れて行った。


「校長は森に行ったきり帰って来ない。グリンを探して沼に張りついているんだってさ」

「あぁ、だから校長の講義は暫く休講なのか」

デリスが納得する。


 休講はやはりアウトレネルが、夕食の食堂で学生全員に向けて発信した。


 そのあと、アランはアウトレネルと何か話していたがその時、校長が森から帰って来ないと聞いたのだろう。


「ビルセゼルトはシャーンの涙は拭ったが、ジゼルにはそうしなかった。ジゼルはビルセゼルトを見詰め、声をかけてくれるのを待っていた。ビルセゼルトだって気が付いていたはずだ」

アランの声は怒気を帯びている。


「だけど、一瞥しただけでジゼルから目をそむけた。ジゼルがぽろぽろ涙を流すのを見ないふりをした」

「アラン、判ったからやめて。思い出してジゼルが泣いている」


 ハッと、アランがジゼルを見、屈み込んで『泣くな』と肩を抱き、そのまま隣に座った。


「何しろ、だ」

語気を()()()アランが続ける。


「ビルセゼルトの子育ては普通じゃない」

「父にも立場があるのよ」


「シャーン、キミたち兄妹を母親に任せきりにしていることには理由も立つ。でも、ジゼルについては思いつく事情がない」

「そうだとしてもアラン、もうやめて。人の家庭に口を出しちゃいけないわ」


「……そうだね、シャーン、ついジゼルが可哀想で」

アランが口籠(くちごも)る。


 アランとデリスには、わたしが知る限りのジゼルの生活ぶりを話した。


 最近まで世話係の魔女から必要以上の罰を受け、それをとても恐れていたこと。それを知ったビルセゼルトが、ジゼルに罰を与えることを魔女たちに禁じたこと。ビルセゼルトがそれを知ったのはつい最近で、前回ジゼルを訪れてから五年が経っていること。

可怪(おか)しいって、わたしも思わないわけじゃないのよ。でも、理由がないとは思えないの」


 不満そうだけどアランが黙る。するとデリスが首を捻る。

「でも、そうなると、ほんと、どんな理由なんだろうね? だいたい、森に閉じ込めて小鳥が友達、なんて生活でいいわけがないと思うよ」


「うん、そうだ、そうだよ、デリス」

我が意を得たりと、アランが頷く。

「ジゼルはもっと、多くの人と交わって、たくさんの、いろいろな楽しいことや喜びを知っていい」


 ジゼルはそんなわたしたちの顔を眺めて黙っている。アランに肩を抱かれ、落ち着いたのか、もう泣いてない。時どきアランを見上げて見つめている。少し、わたしの心が揺れた。


 いくらジゼルの生活が奇妙でも、だからってどうしたらいい? どうすればジゼルを救える? それにグリンは? グリンはどうなっている?――わたしたちはグリンがいなくなり、ジゼルを預かるようになってから、夕食後に集まっては知恵を出し合った。だけど答えは見つけられずにいた。


 そして今日、わたしとジゼルは校長の執務室に行くように言われる。朝食の食堂で寮監に言われた。


「アウトレネル様が迎えにいらっしゃいます。講義の予定があっても行かずに待つようにとのことです」


 まったく、幾らビルセゼルト様の腹心と言ってもギルドの人間が、魔導士学校でこうも幅を利かすなんて……寮監はぶつぶつ言いながら行ってしまった。


 迎えに来たアウトレネルについていくと、途中でジゼルに皮肉を言った。


「本当に、封印は解けてないのか? おい、ジゼル。おまえがグリンを魚に変えたんじゃないだろうな?」

悪意の籠ったアウトレネルの声と言葉にジゼルの身体が震え出す。


「お願い、レーネ、やめて」

わたしの抗議に、言い足りなさげにアウトレネルも黙った。


 校長室の前でアウトレネルが立ち止まる。

「中に水槽がある。その中の魚がグリンかどうか確認するため、呼んだ」

そう言った後、アウトレネルが少しの間、黙り込む。


「部屋にはビルセゼルトもいる。が、ヤツには話しかけるな。その、なんだ……驚くかもしれないが、それを口に出してはいけない」

判ったな、とアウトレネルがきつく言う。それからドアを開いた。


 なるほど、広い部屋に大きな水槽が置かれている。中で人が泳げそうなほどだ。緑色の水で満たされている。


「グリン!」

金色の光に思わず走り寄り、呼びかける。


= 金色の大きな魚。一人ぼっちでも寂しくない =


 水槽の中を優雅に泳ぐのは、本当にグリンなの? いったん奥に消えて、またこちらに来て、まぶたのない瞳でわたしを見、そしてまた奥に消える。


 表情のない目。ユラユラと揺れる胸鰭(むなびれ)()(びれ)……


「グリンが姿を変えたのは、この魚で間違いないか?」

ジゼルに問うアウトレネルの声が後ろから聞こえ、わたしは振り返った。


「!」

アウトレネルの後ろに置かれたソファーに父が座っていた……魔導士のローブはなく、ゆったりとした部屋着のまま、力なく腰掛け、呆然と水槽を眺めている。


 燃えるようだった赤い髪は、ただ赤いだけで、鋭い眼光を放っていた瞳はレンガ色だが力を感じない。


 わたしがビルセゼルトを見ているのに気が付いて、アウトレネルが舌打ちした。


「どうだ、ジゼル、間違いないか?」

そうだ、ジゼル……ジゼルを見ると、水槽に貼り付くように中を覗きこんでいる。


「緑深いあの沼は金色の魚しか住むことができない。だからグリンは魚になった。あの沼に住みたいと願ったのに、それすら(かな)わないと泣いている」

「は?」


 慌ててジゼルを(かば)うように抱き締める。アウトレネルも追い詰められている。怒らせてはいけない。


黄金(こがね)の髪は黄金の(うろこ)。やがて()がれて血が通う。(いのち)通えば髪は燃え、瞳に宿る血の光」

「ジゼル?」


「沼の伝説か。なるほど」

訳の判らないジゼルの言葉にアウトレネルは合点がいったようだ。


「もういい、帰れ。ジゼルの処分はグリンの件が片付いてからだ。森に隠すなよ。ビルセゼルトがあの調子じゃ、森に(はい)られたら手出しができない」


「レーネ、父は? 父はどうしたの?」

アウトレネルは(しか)めっ(つら)をわたしに向けた。


「力を使い過ぎただけだ。二・三日で元に戻るはずだ、心配ない――さぁ、もう行きなさい」

アウトレネルは、この時だけは優しい声で言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ