36 (シャーン)
魔導士学校八日目。
昨夜、アランが会いに来てくれた。誰にも話せないと思い、でも誰かに相談したくて思い悩むわたしに会いに、アランが来てくれた。
なぜかアランになら話してもいいと思った。お喋りオウムの件があるから? 違うと思う。では、なぜなのだろう?
涙が止められないわたしにアランはハンカチを出してくれ、そして黙って話を聞いてくれた。ところどころで相槌を打ってくれるけど、余計なことを言わずに聞いてくれていた。
なんでアランはこんなに優しいの? 他者に優しく出来るの? わたしがアランの立場なら、あれやこれや口出しして、きっとさらに混乱させてしまう。口出しせずに話を聞く、そんな優しさはきっとアランが強いからだ。
借りたハンカチを持ってきてしまった。何度もビショビショにしては乾かして、また濡らした。ハンカチはグチャグチャだ……洗って返そう、添える花はミモザがいい。
部屋に帰る時、談話室にいる何人かに呼び止められたけれど、ごめんねとだけ言って通った。
みんなグリンに何があったか知りたがるけれど、何も言ってはいけないよ、とアランに言われた……言えるはずがなかった。
部屋に帰り、別れ際にアランがくれたレーズンを練り込んだパンを齧った。何かお腹に入れて、温かい飲み物を飲んで、何も考えずに眠るんだ……アランの言う通りにした。
ハチミツを溶かしたホットミルクは甘くって、わたしをさらに落ち着かせてくれた。アランはホットミルクみたいだ。
眠りは浅く、時どき目覚めると頬を涙が濡らしていた。そのたび、『何も考えずに眠るんだ』アランの声を思い出してわたしは眠った。
そして朝、皮肉なほどに空は晴れている。
アモナに促され食堂に行くと、ふと誰かの視線を感じた。感じた方向を見ると教授たちが集まっている。父がわたしを見たのだろうか? 隣に座るペリカパキラ教授に何か耳打ちしている。気のせいかもしれない。
グリンの姿は見えなかったけれど、わたしたちが食事を終えたころ、アランに連れられて食堂に来た。
遠目に見ても元気がない。黄金寮の寮長さんが支えるように寄り添っている。アランが一緒なら、きっと大丈夫だ。
「おはよう、シャーン」
食堂を出たところでデリスと出くわした。一瞬、目が合う。そして見つめ合う。やはり、目が離せない。
「おはよう、デリス」
デリスには、まだ返事をしていない。あれから今日で、あぁ、まだ二日しか経っていない。いろいろあり過ぎて、長い時間が過ぎたように思える。
「じゃあね」
別れ際に手を振るようにデリスが視線の繋ぎ目を切った。そうか、デリスとわたしの視線が外せないのは『同類の絆』なんだ。デリスはそれに気付いて、それであの仕種だったんだ。
魔導士としての絆が、わたしとデリスはかなり強いという事だ。似た者同士とも言える。そしていつか必ず、魔導師として、共通の試練を乗り越える時が来る。それが『同類の絆』と呼ばれる現象。最初に考えた『魅惑の瞳』とは似ていても全く違う。
魅惑の瞳は恋に誘う『術』の一つだ。魔女の中には生まれつきその力を持っていて、無意識に使う人もいるらしい。魅惑の瞳の場合は、術者の気が逸れてしまえば視線の繋がりは消える。同類の絆は力が引きあうものだから、切らなければいつまでも繋がり続ける。
今日のプログラムは全てアモナと同じ講義で、アモナがずっと傍にいてくれた。アモナと仲良くなっていてよかった。アモナも余計なことは言わず、わたしが打ち明けてくるのを待っている。そんなアモナが友達で、わたしは救われている。
ふとジゼルを思った。ジゼルにはわたししかいない。わたしが慰めなければ、誰がジゼルを慰めるのだろう? でも……
講義には身が入らず、右から入って左に抜けるとはこの事かと感じた。自分がここにいる実感がわかず、アモナが傍にいてくれなければ、わたしはどこかに彷徨っていたかもしれない。辛うじてアモナがわたしを現実に引き留めていた。
「デリスと何かあった?」
講義の合間にアモナが尋ねてくる。
「さっき、見詰めあっていなかった?」
「そう、かも……そうね、見詰めあったわ」
「それで悩んでいる? てっきりグリンの事かと思った」
「アモナ……」
「デリスの事が好きになったのね、シャーン」
アモネの笑顔が眩しい。
「そうじゃないの。デリスには申し込まれただけ」
「素敵じゃない。デリスなら不足ない相手でしょう?」
「そうね、優秀な魔導士で、とても優しい人だわ」
「見詰め合ったりして、シャーンはてっきりデリスの事が好きなのかと思った。その様子じゃ、そう言うわけではなさそうね」
「うん。デリスの事、嫌いってわけじゃないし、好意はあるわ。でも、恋かと言うと違う気がする」
「でもさ、申し込まれたという事は、デリスはシャーンに恋している。やっぱり素敵」
「そうね、そうかもしれない」
浮かないわたしにアモネが笑顔を引っ込める。
「心ここに在らず。シャーンはグリンを心配している?」
「……グリンに大変なことが起きてしまって。でも、誰にも言えないの」
「いいのよ、シャーン。シャーンが言いたくないなら、わたしは聞きたくないよ」
でも、誰かに話したくなったら、そしてわたしでいいのなら、いつでも聞くから忘れないでね、そう言ってアモナはわたしの頭を撫でた。
「わたしはシャーンが好きよ。友だちになれてよかった」
「あたしもよ、アモナ。ありがとう」
「講義が終わったら談話室でゆっくりしようよ。きっと誰もグリンの事を聞いてこない。昨日のシャーンをみんな知っている。シャーンを追い詰めたりしない。そんなヤツがいたらわたしが許さない」
アモナがわたしの肩を抱いた。
「みんなで夕食を食べて、また談話室で話をしよう。どうでもいい話で笑おうよ」
そうね、アモナ。わたしが悩んでどうにもなる事じゃない。グリンは自分で立ち直るしかない。
どうでもいい話をして、悲しい出来事を頭から追い出して、わたしはわたしの日常を取り戻さなくてはならない。
ジゼルの事は気になるけれど、会いに行くのはわたしが日常に戻ってからだ。平静を取り戻してからだ。




