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こがねの魚と銀の月  作者: 寄賀あける


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29/50

29 (シャーン)

 なんてこと? なんてこと? どうしてこんな事が起こるの?


 わたしはジゼルのところから、逃げるように魔導士学校へと戻った。ジゼルが言う男の子、それはきっとグリンだ。いや、絵を描いていたからって、グリンとは限らない? あぁ、でも!


 グリンはあの藪から出てきた。緑の沼に行ってたんじゃないの?――きっとそうだ。


 あぁ、でも、そうとは限らない? グリンじゃない、別の誰かであって欲しい。


 そう思いながら、わたしはグリンだと確信している。グリンはジゼルが自分の妹だと気が付いていない。そうよ、あの森は王家の森、王家の直系しか入れない。でも、でも?


 ほかにも王家の直系の男の子、十六歳になる男の子がいたら? それこそビルセゼルトの隠し子がいたとしたら? でも、いたとしてもあの父は隠したりしない。


 父の双子の弟サリオネルトにも息子がいるはずだけど、今年十八だ。年齢が合わないから除外していい。


 グリンは(かたく)ななまでに父の、ビルセゼルトの全てを拒んでる。南魔導士ギルドの長だという事、魔導士学校の校長だという事、婚姻の誓いを立てたのは南の魔女ジョゼシラだという事、大雑把なプロフィールは魔導士として知っているだろうけれど、それ以外は知らない可能性が高い。


 たとえジゼルの存在を知っていたとしても、興味を持つことなく、彼女がどこにいるかなんて考えたこともないだろう。知ろうとするはずもない。南の魔女の居城にいると、きっと思い込んでいる。


 そうだ、グリンはジェネイラに『好きな人がいる。魔導士学校の人じゃない』と言った。それはジゼルだったんだ。


 なんで? なんで()りに選ってジゼル? あぁ、でも、判らなくもない。わたしだってこんなにジゼルが好き。


 妹だから?……妹じゃなくても、きっとジゼルを好きになった。


 あの子は素直で真っ直ぐで、どこも汚れていない。真っ直ぐにわたしを見詰めるあの瞳、傍にいて守ってあげたくなる。


 きっとグリンもそう思ったんだ。一生守ってあげたいと、そう思ったんだ。だから結婚という言葉を口にした。でも、だめなのよ、グリン。ジゼルはわたしたちの妹なの。


 この事実を知ったらグリンはどう思うだろう?


『妹なんだ、それじゃあ兄として』なんて切り替えられる? 切り替えられるとは思えない。グリンもまた、真っ直ぐで純情だ。真っ直ぐだから父を恨むのだ。


 父は? ビルセゼルトは気付いている? ううん、気付いているはずがない。ジゼルの部屋に来ていたら、ジゼルはきっとわたしに言う。あれから父は森に来ていない。


 ジゼルは『ビルセゼルトが一番好き』と言った。思わず泣いてしまったけれど、ジゼルが会ったことのある人の中で、ジゼルを一番愛しているのは間違いなく父親であるビルセゼルト、それを彼女は敏感に察知している。だから一番はビルセゼルトなんだ。


 あれ? ジゼルはビルセゼルトの顔を知っている。だとしたら、ビルセゼルトにそっくりな男の子、とグリンの事を思っていても可怪(おか)しくない。でも、ジゼルにそんな様子があった? 言葉にしなかっただけ?


 ふぅ、とわたしは溜息をついた。落ち着かなくちゃいけない。グリンである可能性は強いけれど、グリンかどうかは実際会ってみなければ判らない。会って確かめなくては。


 魔導士学校でグリンを探して訊いてみることも考えた。でも、やめた。グリンは(かたく)なだ。森の沼に行っているか訊いても、はぐらかされるか、相手にされないかのどちらかだ。あの子はジゼェーラよと言っても、きっと信じない。


 沼で、グリンの目の前で、ジゼルに自分の名と父親の名、その二つを言わせない限り、ジゼルの口から聞かない限り、グリンが信じることはない。


 あぁ、だけど、なぜジゼルはグリンにカタカゴを渡したの? カタカゴの花言葉は『初恋』だとグリンは知っている? 


 母は薬草の研究者で、頻繁に花言葉を口にしていた。カタカゴだってあった。それをグリンは聞いていた?


「これはカタカゴ。花が咲くまで何年もかかるのよ」

やっと咲いた花は心持ち俯いて恥じらっているよう。朝陽と共に花開き、日没には閉じてしまう。そして曇りの日には閉じたまま。


「花言葉は『初恋』なのだけど、お日様に恋をしたのかもしれないわね」

魔導士学校の寮に来て、初めて切実に、ママに会いたいと思った。


 ママはその話、グリンにした? 庭の片隅でグリンはカタカゴを描いていた。その時、グリンに話さなかった?


 ううん、もう、今さらだ。グリンが花言葉を知っていても知らなくても、グリンはジゼルに心()かれた。きっとそうだ。


 今日の講義は散々だった。全く頭に入ってこない。教授がわたしを指名する声も聞こえず、アモナに何度も(つつ)かれた。移動の時に、何度かアランとデリスとすれ違い、声を掛けられたけど気付かなくて、やっぱりアモナがわたしの代わりに謝っていた。


「シャーン、シャーン。何があったの?」

心配したアモナが何度も聞くけれど、アモナに話せるわけもない。ごめんなさいと言うだけだ。


 そしてヒヨドリの刻になった。今日最後の講義が終わる時刻。きっとグリンもあのマグノリアの木の下を通り、森へと行くだろう。木の下でグリンと鉢合わせするわけにはいかない。


 (やぶ)が見える場所で待とう。グリンが通った気配を探ろう。そしてグリンが行ってから、わたしはジゼルの住処に行こう。


 沼がどこにあるのか聞いていないけれど、きっと同じ道ではないはずだ。少なくとも、わたしがジゼルのところに行く道の途中に沼はない。


 藪に一番近い建屋の(かど)、あそこなら藪から死角になっている。行くとお(あつら)え向きにベンチがある。よし、ここでグリンをやり過ごそう。


 グリンは今、どこにいる? 気配を探ってみるとすぐ近くだ。あれ、この建屋、()(がね)寮だ。わたし、黄金寮の出入り口のベンチにいる。ここじゃダメ、グリンが通る。


 慌てて立ち上がり、場所を移そうとしたが遅かった。


「やぁ、マメルリハちゃん。僕に会いに来てくれた?」

お気楽な声は、言わずと知れたアランだ。そうだ、アランも黄金寮だ。寮から出てきたところだ。


「昼間はなんだか元気がなかったね。心配で、白金(しろがね)寮に行こうかと思ってたんだ」

「えぇ、ちょっと疲れてしまって」

「それはいけないね。入寮六日目かな。疲れが出る頃だ」

「えぇ……」


 なぜだろう。アランに打ち明けたくなった。打ち明けて、『お願い、助けて』と縋りたい。でも、だめ、アランには頼れない。事実を知ればグリンは打ちのめされる。それをアランに知られたら、グリンはプライドを保てなくなる。


 それに、何しろここを離れなくては。グリンがここを通る前に。なんと言ってアランを追っ払おう。


「そう言えば、昨日、街人の女の子と会っていたって? デリスから聞いた。その子の事で何か厄介ごとが起きているとか?」

「ううん、そうじゃないの。あの子の事じゃないの」

そう、わたしが心配しているのはグリンの事だ。と、グリンに意識が戻る。


 マグノリアの木の上にグリンがいる。木登り上手な兄は、枝伝いに部屋を出たようだ。

「あの子の事じゃない……すると別の事? デリス、とか?」


 デリス……そうだった、デリスに返事をしなくちゃいけない。でも、今はそれどころじゃない。

「デリスの事でもないわ」


 それにしても、アランはデリスがわたしに告白したと知っている?


「そっか、可哀想にデリスのヤツ、フラれる運命か」

「デリスがわたしになんて言ったか、知っているの?」

「いいや、知らない」

クスリとアランが笑った。


「なんとなく察しただけだ。デリスはすぐ顔に出る。昨夜、藪のところでキミに偶然出くわしたと聞いた時、ひょっとしたらと思っただけさ」

「カマを掛けた?」

「ごめん、マメルリハちゃん。気になって仕方なかったんだ」

「どういう意味?」

ううん、聞かなくてもわたしは判っていた。でも、聞きたい。


 アランは少しだけわたしをじっと見つめた。そしてこう言った。

「言いたいけれど、今は言わない。何があったか知らないけれど、今、キミは何かに追い詰められている。そんな時に気持ちを告げるのは(ずる)いと僕は思う」

「アラン……」


 なぜだか涙が出そうになった。(うるさ)くて落ち着かないけれどこの人は、やっぱりとても優しくて暖かい。


白銀(しろがね)寮に帰るなら送るよ。キキョウインコちゃんに用事があるんだ。キミにも会いたかったけれど、ここでこうして会えた。心配だけど、僕の出る幕じゃなさそうだしね」

「ありがとう。だけどここでいいの。わたし、グリンに会わなくてはいけないから」

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