27 (シャーン)
魔導士学校七日目。
昨日はいろいろあり過ぎて、なんだか世界が変わってしまったように思える。何しろ驚いてばかりの一日だった。
まずはお喋りオウム。あれはただの会話を楽しむサロンじゃない。
アランは秘密結社と言った。なにを言い出すのか、と思ったが、よくよく詳しく話を聞いて、なるほど、と思った。首謀者はアランじゃなくて、前東の魔女ソラテシア様の夫君ダガンネジブ様だと聞けば、俄然、話に信憑性が生まれる。
「僕らはダガンネジブ様に命じられて、組織に組み込むべき人物を学校で探しているんだよ」
とアランが言った。お喋りオウムは隠れ蓑に過ぎないんだ――
何をさせたい? と、問うわたしに『グリンバゼルトの懐柔』と二人は答えた。
「僕たちが考えているのは革命ではない。魔導界を統一する早道は現体制を動かすことだ」
「ダガンネジブ様はあの戦争が狂言だったと見ている。ビルセゼルトとホヴァセンシルはグルだ、と」
「父が自分の弟を殺したと言うの?」
抗議するわたしに二人は言った。
「マルテミア様の死は難産によるものだ」
「サリオネルト様はマルテミア様を守って城の崩壊の中、亡くなった。魔導界では常識だ」
でも、と言いつのるわたしを制し、
「心情は判る。お二人の死を一番悼んでいるのは間違いなくビルセゼルト様だ」
とアランが言う。
「他者に隙を見せることがないビルセゼルト様が、大勢が集まる中で号泣した。ま、この話も魔導界じゃ有名だ」
そしてそれからと言うもの、心でさえも武装し、さらに強く、もっと強くと、常に自分に課している。サリオネルト様の死に報いるために。
「と、側近のアウトレネル、まぁ、つまり僕の父が言っている」
「サリオネルト様の死を防げなかった自分を責めている、とも聞くね」
ボソっとデリスが言った。
アランがアウトレネルの息子だと、ここでわたしはやっと気が付いた。
そうか、どこかで会ったことがあると思ったのは子どものころの記憶だ。アウトレネルはわたしたちが小さいころ、自分の息子を連れて母を訪ねてきたことが何度もあった。
あの時の男の子か――すっかり変わってしまったし、名前なんかとっくに忘れていた。というより、なで気が付かなかったのか、そのほうが不思議だ。来ればいつも、庭で一緒に遊んでいたのに。それに、アランの髪の色は特殊だった。その髪色は今も変わっていない。まぁ、そんなことはどうでもいい。
父ビルセゼルトの側近中の側近の息子、そのアランが何を企む? いや、首謀者はダガンネジブだった。
「まぁ、ダガンネジブ様が言うには、ビルセゼルト様も、北のホヴァセンシルも、いずれ再統一する腹積もりで、その機を待っている」
「だが、厄介なのは、その二人、あの戦争の意味を他者には一切漏らしていない、そして何を待つのかについても然り」
「一般的には北の魔女がサリオネルト様を示顕王だと言い出して処刑を求め、それをギルドが認めなかった、ということになっている」
「そして、サリオネルト様が示顕王だったのか、違ったのか、結局は霧の中だ」
「さらに、西の城落城の際、マルテミア様が逝去する原因となった出産で、産み落とされた赤子の所在が不明のままだ」
「その赤子は確かに生まれ、西の城から南の城に移された。そこまでは南のギルドも認めている。が、突然消えた、と南のギルドは言う」
「力を持って生まれた赤子が、自分の力を暴走させてしまうのはよくある事だ。そして行方不明になることもない話じゃない」
「だがその場合、見つけ出されなければ生き延びるのは極めて厳しい。いくら力を持って生まれていようと、赤ん坊の内は世話してくれる大人がいなければ生きていけないんだから」
「既に十八年の時が過ぎようとしている。生まれつきで力を持つ男児は力を封印しない限り五年程度しか生きられない。ならば行方不明の赤子は力を封印されていたのだろうか?」
「力を封印されていたならば、暴走で所在不明になるはずがない」
「力を封印されず、現在、生きているのなら、その赤子こそ示顕王なのでは? 示顕王であれば生まれつき力を持った男児でも五年で果てることはない、と言われている」
「あるいは、力を封印し、北のギルドにも南のギルドにも知られず市井に隠した。そうなるとまず、見つけられない」
「そしてそんなことができるのは?」
と、二人がわたしに答えを求める。
「ビルセゼルトだけね」
仕方なく答えたわたしに
「北はその息子を躍起になって探し、懸賞金まで掛けている。つまり、生きていると信じている」
とアランが続けた。そして二人がかりの解説が再開される。
「北に、赤子の力を封印したかどうかを知る手段はない。にも拘らず、探し続けるのは赤子を示顕王だと、少なくともホヴァセンシルは信じているという事だ」
「十八年前、示顕王の出現が取り沙汰されたとき、サリオネルト様が示顕王だと北の魔女は言い出したが、同時にサリオネルト様の子の引き渡しを求めている」
「あの戦争のさなかに、示顕王は出現するはずだった。だが現れなかった。それを考えても赤子は示顕王だと疑える。示顕王は誕生し、目覚めの時を待っている」
「示顕王の真の目覚めはその時から数えて二十二年後と言われている。つまりあと四年」
「ダガンネジブ様は、ビルセゼルト様とホヴァセンシルが待っているのはそれだとお考えだ」
「示顕王については詳しくは判っていない。学者ビルセゼルトが古文書を読み漁るのは少しでも示顕王についての情報が欲しいからではないか」
「北の動きは判らない。が、ホヴァセンシルは赤子、今では十八の青年か、を見つけたら、必ず無傷で連れてこい、と命じている。懸賞を掛けたのも同じ内容だ。かすり傷一つあっても懸賞金は払わないとしている」
「誤って別人に傷を付けないため、としてはいるが、怪しいもんだ」
「何をどう言っても、今は真相が判らない。だから憶測するしかない」
「その憶測の中で、ギルドの再統一をビルセゼルト様が考えている、そしてそれは四年後、示顕王が真の目覚めを迎えた時、これは確実だとダガンネジブ様は言う」
「あと四年しかないという今、ビルセゼルト様には動く気配がない。抱えた秘密が漏れることを恐れているのだ、とダガンネジブ様は言う」
「そこでだ」
アランとデリスの声が揃う。一瞬ふたりは互いを見て言葉を止める。そして頷き合ってからデリスが言った。どちらが先に発言するかを図ったようだ。
「その時、然るべき時、ビルセゼルト様が自分の思いだけで動かせる組織を用意したいとダガンネジブ様はお考えだ」
「ギルドが干渉しない組織、干渉できない組織がビルセゼルト様には必要だ」
「なぜなら、ビルセゼルト様はホヴァセンシルの救出を考えている」
思わず口を挟んだ。
「ホヴァセンシルの救出?」
アランがうっすら笑んだ。
「そう、ビルセゼルト様とホヴァセンシルはグルだ、と言ったよね。二人には共通の敵がいるはずだ」
「その敵が誰かは、正確には判らない。ダガンネジブ様は多分スナファルデと言う魔導士だと見ている」
「このスナファルデはもともと魔導士ギルドの長だった。だが、悪事を働き、姿を隠した」
「ダガンネジブ様は九日間戦争の折り、北の魔女の居城で、そのスナファルデと対峙するホヴァセンシルを見たそうだ」
「これについても謎なんだが、ホヴァセンシルならスナファルデを捕らえることができたはず」
「でも、そうしなかった。だが、その辺りはどうでもいい。いや、どうでもよくはないが、考えても答えは出ない」
「肝心なのは備えること。ビルセゼルト様の手となり足となり、その真意を汲み取って動く兵隊」
「それを組織するのが我らの目的であり、その目的にはグリンバゼルトが是が非でも必要だ」
やっと本題にたどり着いた、と内心わたしは思っていた。
アランとデリスの話は、初耳の事もあったが、わたしとて独自に調べていたのだから、知っていることも多かった。
父は自分の全てを賭けて、何かに取り組んでいる。今、わたしに見えているのは魔導史の研究だが、その裏に何かある、そう思えてならなかった。
図書館で『王家』について調べたことを思い出す。
= 示顕王、神秘王と呼ばれる力を持つ者はこの家系から出るのが常である =
ならば、叔父サリオネルト、もしくはその息子が示顕王であっても、なんら可怪しくない。
「なぜグリンバゼルトが必要なの?」
「ビルセゼルト様が与り知らぬところで僕たちは動こうと思っている。少なくともビルセゼルト様が動き出すまではね」
「いざ、〝動く〟とビルセゼルト様が考えた時、すぐに僕たちは動けるよう準備しているんだ」
「だが、ビルセゼルト様が関知していないという事実は兵を組織するのには弱い、弱すぎる」
「つまり、旗印が必要?」
口を挟むと、
「さすがマメルリハちゃん」
とアランが嬉しそうな顔をした。
「けど、グリンはビルセゼルト様を嫌っている」
デリスは浮かない顔だ。
「嫌っているというより、恨んでいるんだわ。憎んでいるのかも」
「シャーン、それは僕たちにとって最悪だ。憎んでいるんじゃ、ビルセゼルト様の親衛隊を目指す我らに与すると思えない」
相変わらずアランは大げさだ。
「いざとなったらシャーン、旗印はキミでもいい」
言ったのはデリスだ。
「黄金の髪に琥珀色の瞳のグリンのほうがいいに決まっているわ」
グリンの髪と瞳は叔父サリオネルトを彷彿とさせ、更に容姿はビルセゼルトに似ているとなれば、これ以上はない。
「ならシャーン、グリンを引っ張りだせるかい?」
「それは……」
口籠るわたしにアランが言った。
「まぁ、グリンの件はよく考えてから行動を起こそう。取り敢えず、シャーン、お喋りオウムにようこそ。今ここで話したことは他言無用ってのは言わなくても判っているよね。グリンを除く正式メンバーしか知らない」
「待って、アラン。誰にも言いはしないけれど、わたしがメンバーに入るっていうのは考えさせて」
「そんな事言わないでよ、マメルリハちゃん」
アランが泣き出しそうな声を出した時だった。まさかあそこにグリンが来るとは。
その時のアランたちにとって、一番来て欲しくない相手だ。わたしだって、さすがにまずい、と思った。
どこから聞いていた? と訊きたいが訊けずにデリスの顔が青ざめた。アランは役者だ、顔色一つ変えずグリンに『どこに行っていた?』と訊いた。
でも、グリンに秘密を洩らさずに済んだ一番の功労者は、何を隠そうグリンだ。頭に血がのぼったグリンは、わたしたちが話していた内容を追及することを忘れていた。




