23 (グリン)
新学年最初の『お喋りオウム』を開くとアランが騒ぐので行ってみた。まぁ、講義の合間にいい暇つぶしだ。気分転換にもなる――先に来ていたデリスの隣に座ると、こっそり『また背が伸びた』と嘆く。
背が低くて悩んでいるヤツもいるのだから贅沢だと以前は言っていたが、ここまで高くなるとデリスの気持ちも判らなくもない。突っ立っていると、小鳥が飛んできて木と間違える、って言うのは冗談だと判っているが、あながち本当かもしれないと思ってしまう。
サウズとエンディーはこの休み中に正式に婚約したとかで、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい相変わらず仲がいい。エンディーが婚姻の誓いの時に着るローブをどれにするかとサウズに相談しているが、サウズは『僕には判らないよ』と困り顔だ。
どうせ自分が気に入った物にするのだから、わざわざ相談することもないだろうと思う。だいたいサウズに着るものを選ばせようと言うのが無理な話だ。あいつは同じ服を何着も持っていて、その服しか着ない。しかもその服は金属光沢の随分と派手なもので、アランが『キキョウインコ』と名付けたのにも納得だ。遠くにいてもすぐサウズだと判る。
やってきた小雀ちゃんたちのうち、女の子がエンディーの話を聞いてサウズを責め始めた。まったく、女の子ってどうしてこんなに面倒なんだろう。男たちはみんな怖がって、なるべくエンディーから離れた席に座っていく。さもありなん。
やっとアランが顔を見せ、新学期の挨拶が終われば、いつもよりラフなお喋りオウムが始まった。
「グリン、シャーンが来るかも。いや、きっとくる」
とアランが言う。いつの間に声を掛けたんだ?
「今日、すでに二回も遭遇した。この短い時間にだ」
これはきっと運命だと、真面目な顔で言うので笑ってしまった。
「運命って、どんな運命だい?」
「二回目に顔を見た時、思った。お喋りオウムの次代を担うのはこの子だって」
彼女はバリバリの理論派だ。魔導力も強いものを持っている。温和しいように見えて気が強く、そのくせ情け深い。
「当たっているだろう?」
ニヤリと得意げな笑みをアランが見せる。アランの人物に対する鑑識眼は、ほぼ勘だが、まず当たる。
「あと一年で、僕もおまえもデリスも卒業する。まぁ、聴講生で残る可能性もないでもないが。僕たちが去ったあとのお喋りオウムをどうするか迷っていたんだ」
グリンが飛び級しなければ、グリンにするはずだったと、少し寂しそうにアランが言った。
アランに言われてシャーンのことを改めて考えてみると、確かにアランの言う通りかもしれない。少なくとも、理屈っぽい所を理論派と言うのなら間違いなく当たっている。
「僕の妹をナンパするなんていい度胸だと思ったけど、そんなんじゃなくって良かったよ」
「いや、それもありだ」
僕の冗談に、アランの返事は冗談なのか本気なのか、いつも通り読み取れない。
「それに、これでインコちゃんは各寮三名となった。実に喜ばしい」
アランが何を考えているのか、いつもの事だが判らない。お喋りオウムの存在意義も実のところ僕にはさっぱり判らない。それでも、ここに来てしまう。アランの話を聞いてしまう。
大地の守護と森の守護、どちらがより有効かをデリスと話しているとき、シャーンがやってきた。アランはシャーンに『マメルリハ』と名付けた。マメルリハは小粒サイズのインコだ。シャーンの愛らしさにあっていると思った。
そして用心すべきはアランではなくデリスだ。デリスが女の子を見詰めるのを初めて見た。思わず『威嚇するな』と言ったけど、あれは威嚇じゃない。
多分アランも気が付いていて、みんなの手前、否定せず、シャーンに威嚇と説明した。サウズも気付いているだろうし、小雀ちゃんの中にも気が付いたヤツがいるかもしれない。
だが、僕の心配は杞憂に終わる気がする。シャーンのヤツ、知らないとはいえ別れ間際、デリスのコンプレックスを突いた。これでデリスはシャーンを嫌うと思った。
一瞬デリスが怒り出すのではないかと冷や冷やしたが、気にしていないふりをして行ってしまった。気にしてないはずないけどね。
まぁ、妹の恋愛に口出しするのもどうかと思うので、極力、見守ることにするけれど、シャーンが恋愛って言うのがイメージできない。まだまだ子どもだろ? 僕だって、やっと最近、恋心を知ったっていうのに。
大地の守護と森の守護、デリスにいろいろ教わったけれど、やはり彼女の守護は森なのだと思った。
大地と森は守護にどれほど違いがあるのだろうとデリスに訊くと、丁寧に解説してくれた。
『大地の守護を得れば、どこにいても守られる。大地はどこまでも続いている。大地は揺るぐことなく、その者を危険から守る。だが、死を免れることはない。大地は死者を葬ることを担っている。だから死を受け入れてしまう』
それに対し森の守護は、森の中にいる限り、完璧な安全を保証する。どこの森でもだいたい同じ守護が得られる。寿命以外で死を得ることがない。そして森は守護した者が森の中ですることを邪魔しない。むしろ助け舟を出す。森の中の屍も、大地と同じく朽ちていくけれど、それは森と重なる大地の働きだ――デリスの大地に関する見解は間違いがない。
デリスの一番の得手が大地で、彼自身、大地の加護を獲得している。そして森は大地の一部と考えられている。
『もっとも森の守護は、本拠の森が他の森に対する影響力によっても違ってくる』
森にも格があって、格上の森が守護したならば、格下は必ずその森に従う。それが反対だと、格上の気分次第になることもある。
『森は大地同様、意思を持っている』
デリスはそう言った。僕は言葉にしなかったが、〝最近、それをしみじみ感じた〟と思っていた。
お喋りオウムがお開きになってから『魔導術応用実技』を受講し、今日の予定は終わった。さっそく森に行こう。彼女もそろそろ来るだろう。
今日もいい天気だ。風もなく、昨日のような急な嵐の前兆もない。僕はいつもの道を沼へと向かった。
そして彼女は沼を見ていた。僕の気配に気が付いて振り返る。見る見る笑顔になっていく。
僕に走り寄って、抱き付く彼女を抱き返す。僕の胸はいっぱいになって、うん、幸せに満たされる。
ねぇ、キミ、男か女かこれから考えるって言ったけど、男になる気なんかないんでしょう? だってキミは女の子で、僕は男で、キミは僕を好きだし、僕はキミをこんなにも好きだ。きっとこの出会いは運命だ。
そう言いたくなったが黙っていた。どうせ彼女はすぐ気づく。僕が彼女にとってなんなのか。その時、僕と彼女の全てが決まる、そんな気がした。
僕を見上げてニッコリ笑い、彼女は僕の腕をすり抜けた。途中で一度振り返ってもう一度、笑顔を向け、そして沼の畔に立った。ゆっくり僕は後を追う。
「金色の魚、いるかな?」
彼女がぽつりと言った
「金色の魚?」
「金色の魚。緑色の沼に住んでいる。知らない?」
「絵本の?」
「そう、絵本の」
真面目な顔で水面を睨み付けている。
「昨日、見えたの、魚かな?」
「やっぱり昨日、金色に光ったよね?」
「うん」
確かに僕も金色の何かが沼を過るのを見た。魚かどうかは判らない。
「うん、でも内緒」
彼女が僕を見上げて言う。
「この沼にはなんにも住めないんだって」
「そうなんだ? 誰に聞いたの?」
「誰だったっけ?」
彼女が首を傾げる。
「じゃ、帰る」
「え?」
「帰る時刻」
「もう?」
僕が来るのが遅すぎたか?
「会えてよかった。来ないかと悲しかった」
彼女がそう言ってくれたのが、僕にとってせめてもの救いだ。
「明日も同じくらいの時刻になるけど、来てくれる?」
僕の言葉に彼女が頷く。
「うん、またね」
彼女は駆けだして、いつもの木立の間から僕に手を振る。僕も手を振ってそれに答えた。
――その時、僕はまだ運命を信じていた。




