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こがねの魚と銀の月  作者: 寄賀あける


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19/50

19 (ビルセゼルト

 窓がガタガタと音を立てた。と、雷鳴が部屋を揺らす。

(嵐か……)

机の上の書物から目を放し、ビルセゼルトは窓を見た。ポツポツと窓にあたる雨は見る見るうちに大粒に変わり、土砂降りになるのもすぐだと判る。


 ジゼェーラはどうしているだろう。怯えて震えていないだろうか?


 世話係は全て、心優しい魔女に入れ替えた。あの子なら少しぐらい甘やかしても大丈夫だと思った。それでも新たに選んだ魔女たちには『甘やかさないように』と釘を刺しておいた。


 話し相手には知識と経験、ともに豊富な魔女がいい。そう思って探しているが、今のところ適任が見つからない。


 突風が窓を揺する。再び雷鳴が(とどろ)く。立ち上がるとビルセゼルトは窓辺に立ち、外の様子を確かめた。


(森の守りは固い。このわたしにさえも遠見を許さない)

森の結界に阻まれて、見ることは叶わないと判っていても、つい気になってジゼェーラの住処のあるあたりを見てしまう。


 ジゼェーラを預けてから、この窓辺に立つと森を眺めるのがビルセゼルトの癖になっていた。


 訪れを察知して、ドアを開ける。入ってきたのはアウトレネルだった。

「よぉ、ビリー。雷の前に立つな。恐ろしくっていけない」

ドアを開けたタイミングで光った稲妻に苦情を言う。同学年で同じ白金(しろがね)寮、気心知れた友人だ。


「わたしはそんなに恐ろしいか?」

さっさとソファーに座ったアウトレネルの対面に、苦笑しながらビルセゼルトも腰掛ける。


「おまえの後ろで稲光がしてみろ、おまえが怒っていると間違えても仕方ない」

「わたしを怒らせるのは難しいと思うが?」

ビルセゼルトがお茶のセットを宙から取り出し、アウトレネルに勧める。


「だからさ。ギリギリまで怒りを抑えるおまえが怒れば、どれほど恐ろしいか」

挨拶なしにアウトレネルがカップに手を伸ばし、口元に持っていく。直前に魔導術をかけて適温にしたのはビルセゼルトだ。せっかちなアウトレネルがお茶で口を火傷するのを防いでいた。


「しかし、おまえ、ここ数日、窓にへばり付いてないか? 昨日も一昨日も、俺が来ると窓辺にいた」

「そうだったか?」

「そうだったさ。それになんだか元気がない」


「体調に変わりはないようだ」

「それじゃあ、気持ちに変わりがあるんだな」

せっかちではあるが、抜け目はない。()()の中で一番信用でき、頼れるのはアウトレネルだと、ビルセゼルトは思っている。


 黙っていると、

「ジゼェーラに何かあったか?」

と訊いてくる。

「……」


「ありました、と言う顔だ。まぁ、言いたくなければ言わなくてもいい」

だがな、とアウトレネルが続ける。

「おまえの子はジゼェーラだけではない事を忘れるのはどうかと思うぞ」

「忘れた? わたしが?」


「グリンバゼルトにもう少し関わってやれ。あいつにとって今が一番大事な時だと判っているだろう?」

そうさ、だからこそ、一単位、グリンのプログラムに捻じ込んだ。アイツに不足していることを教えておきたい。


「幻惑術をおまえが教えることにしたそうだが、逆効果だと判ってないだろ?」

「逆効果? 幻惑術が逆効果?」


「そうさ、グリンは校長としてのおまえを求めているわけじゃない」

「幻惑術ではなく、わたしが教えることが逆効果と言いたかったか。まるでアイツがわたしを求めているような言い方だ」


「ビリー、おまえ、本当に判っていないのか?」

アウトレネルが本気で呆れる。


「俺はおまえに頼まれてから、おまえがリリミゾハギと別れた時からずっとだ、グリンのことを見守ってきた」

グリンはずっとおまえを追っている。おまえに追いつきたくて、でも、どうやって追えばいいのか判らなくって苦しんでいる。父親のおまえを求めているんだ。


 今さらおまえがリリムを捨てたことをとやかくは言わない。それを言ったらそもそも深い仲になった事から言わなきゃならなくなる。けれど子どもたちは別だ。どうしたって切れやしない。ましておまえはグリンを嫡子と決めている。


「自分の後継と決めておきながら、関わろうとしない。それをグリンはどう受け止めればいい? 中途半端なんだよ、おまえは」

「辛らつだな」

と、言いながら、ビルセゼルトは笑みを浮かべる。


「今やわたしに説教ができるのは、レーネ、おまえだけだ」

「それは……」

アウトレネルが口籠る。頼みにしていた双子の弟は他界し、親友だった男は今や敵対勢力の指導者だ。


「ジョゼシラはどうした? あのおっかない魔女は今でもおまえに言いたい放題なんじゃないのか?」

「そうだね、相変わらずだ。だがジョゼはわたしを責めてはくれない」


「なんだよ……」

少々言い過ぎたかと、アウトレネルは躊躇(ためら)い始めたようだ。


「なんだ、おまえは少しばかり偉大になり過ぎた。(ちまた)では『孤高の魔導士』だなんて、おまえを言うヤツも出始めている。学友たちも、情けなかったころのおまえを忘れちまって、昔からおまえは今と変わらないと思い違いしている」


「わたしは情けなかったか?」

苦笑するビルセゼルトから、アウトレネルが目を背ける。


「判ってはいるんだ。おまえがどれほどのものを背負っているか。だからおまえは強くならなければならなかった」

だけど、せめて家族の前ではその荷を降ろしてもいいんじゃないか? 辛いと愚痴を言ってもいいんじゃないのか?


「グリンバゼルトの話をしていたんじゃなかったのかい? そう言えば校内からグリンの気配が消えている。家にでも行っているのかな?」

更に苦笑してビルセゼルトが言う。


「それはどうだろう? 今さらママが恋しいこともないだろうが……そうさ、グリンの話さ。おまえの本質を目の当たりにすればグリンは気が付く。おまえが自分に求めているのが何か、そして自分がおまえに求めているのはなんなのか。俺はそう思うぞ、ビルセゼルト」


「そうか……長年の友人の助言だ。考えてみるよ」

話を()らそうとしてもアウトレネルは引っかからず、受け入れると見せかけて強引に打ち切ったビルセゼルトだった。が、その実、そんな事はもう随分前から判っているんだ、と心の中で呟いていた。だからリリムに逃げたのだ、と。


「それで? ギルドの動きはどうなっている?」

アウトレネルがこの部屋に来た本来の目的に、ビルセゼルトは話題を戻した。個人的な話は打ち切りだ。


「あぁ、東の陣地内にあるドラゴンのコロニーの件だが……」

これ以上は言っても無駄と、アウトレネルも仕事の話を始めるしかなかった。

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