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こがねの魚と銀の月  作者: 寄賀あける


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16/50

16 (シャーン)

 グリンバゼルトはわたしの想像通り、ジェネイラをフッたようだ。


「付き合っている人がいるわけではないけれど」

と、グリンは言ったらしい。


 白金(しろがね)寮のジェネイラの部屋で、わたしとジェネイラ、そしてカラネルの三人でミルクティーを(すす)りながらグリンバゼルトの話をした。カラネルはジェネイラの親友だ。わたしとジェネイラが談話室に入ってきたとき、たまたま居合わせて、ジェネイラの様子に驚いてついてきた。


 グリンはジェネイラに

「気になる人がいる。僕の気持ちが通じるかは判らないけど、だからと言ってキミの気持ちに応えるのは違うと思う」

と言ったらしい。気になる相手って誰なの? ジェネイラの問いに

「魔導士学校の人ではない」

と答えたと言う。


「すると街の人かしら?」

カラネルが言う。


「家ではグリン、自分の部屋にいるか、庭で絵を描くか、どっちかしかしないわ」

街に出るなんて考えられない、ご領主の御曹司って言われるのがすごく苦痛みたいなの、とわたしが言った。


「それじゃ、メイド、とか?」


それには

「グリンがメイドに手を出すなんて! そんなことは絶対しないわ」

少し怒ってしまった。わたしを見る二人の魔女はバツの悪そうな顔をした。


「たとえメイドでも、正式に婚姻の誓いを立てれば」

と、言うカラネルの袖をジェネイラが引く。ますますわたしの怒りを買うとジェネイラは思ったのだろう。


「んー、グリンは『片思い』してるって言ったのよ。相手がメイドでも可怪(おか)しくないし、反対にシャーンに訊くわ、メイドではだめなの?」

ジェネイラを押し切って、カラネルが言った。


「……そうね、カラネルの言うとおりね」

わたしは自分の身の上を恥じていない。他人にとやかく言わせるものか……だけどやっぱり気にしているのだと、思い知った。


『メイド』と聞いて『妾』を連想した。恥じて言葉も出ない。


 カラネルの言う通り、グリンがメイドを好きになってもちっとも可怪(おか)しなことじゃない。


「でも、グリンの相手は、うちのメイドじゃないわ。うちのメイドはみんなお婆さんよ」

それじゃメイドの線はないわね、二人の魔女が笑うので、ついわたしも笑ってしまった。そして気まずさが消え、笑いの持つ力の強さに感謝した。


 それからしばらくグリンの話をしたが、そのうちグリン以外の男の子の話に話題は移り、赤金(あかがね)寮のシシーは振られたばかりで狙い目だ、とか、黄金寮でわたしに付きあっている相手がいるか聞いてきたアランは手当たり次第に女の子を口説いているから気を付けろ、とか、そんな話で盛り上がった。


 わたしが部屋を出る頃にはジェネイラはもう泣いていなかった。けれど、きっとまたあとで一人になった時は泣くのだろうと思った。あるいは親友にしか言えない苦しい胸の内をカラネルに打ち明けるかもしれない。グリンの妹のわたしがいては言えない言葉もあることだろう。


 ちょっと調べたいことがあるから、とわたしは二人に断って部屋を出た。


 白金寮には談話室に本棚があるが、わたしの調べ物は誰にも見られたくない。本のタイトルさえも知られたくなくて、図書館に足を運ぶことにした。図書館なら誰もが自分の調べ物に夢中で、他人になんか気を向けないだろう。


 知りたいことはすぐ判った。


 力の封印は高位魔導士でなければ施術できないこと。そして封印された力は魔女・魔導士でも容易(たやす)く検知できないこと。


(だからジゼルからは神秘の力を感じない)

その答えはわたしを大いに納得させた。封印が解かれたとき、ジゼルはどれほどの力を見せてくれるのだろう。楽しみだ。


 そしてもう一つ、王家について。これも簡単だった。


【王家とは】

魔導士を統一し、初めて魔導士ギルドを成立させた始祖の王ゴルヴセゼルトに始まる直系が『王家』と呼ばれる。


王と呼称が付くが権力を有するものではなく、いわば敬称に過ぎない。が、ゴルヴセゼルトの直系は強い神秘力、魔導力を有する。何百年に一度現れる、()(げん)王あるいは神秘王と呼ばれる力を持つ者はこの家系から出るのが(つね)である。


また王族と呼ばれるのはその傍系であり、王家に匹敵する力を有する者もいる。貴族は更にその傍系である。


王家・王族・貴族と言う呼称は時の経過に伴い(すた)れたが、詳細を知らぬ市井(いちい)に貴族という言葉は残り、誤解されて使用されている。市井の人々は魔導士(すなわ)ち貴族だと思いこんでいる。


現在、王家の当主はビルセゼルト(南の陣地内グラリアンバゼルート領主 /南ギルド長・王家の森魔導士学校校長/妻は南統括魔女ジョゼシレーラシラ)


――次のページには家系図があった。


 長い家系図の最後のほうに【現当主】ビルセゼルトとあり、その横には【妻】ジョゼシレーラシラとある。そこから下に伸びて(ジゼェールシラ)となっている。


 ジゼェーラは通り名なのだと、ここで初めて知った。二重通り名、強すぎる力を抑えるため、あるいは守りを固めるために時おり使われる。強すぎる力は己をも滅ぼすと言われているからだ。


 そう言えば、南の魔女はジョゼシラだったはず。ジョゼシレーラシラと記載があるのは彼女もまた二重通り名だということだ。


 南の魔女とビルセゼルトを挟んで(魔女)と記載があった。


 王家についての説明の最後に『妻は南統括魔女』と書いてあるのを読んだ時に感じた切なさより、さらにわたしの胸は痛んだ。母は名さえ残されない。婚姻していないと、こんなにも軽んじられるのか。打ちのめされた気分だった。


『魔女』の下には(グリンバゼルト/嫡子)とあり、隣に(シャインルリハギ)とわたしの名が並んでいた。


 それにしても図書館の本は、どれも大昔に書かれたはずなのに、現在の状況までを(しる)している。どんな呪文を使ったのだろう。


 本棚の前に立ち、教えてと願うと、ポンと飛び出した本がページを開いてわたしの手に乗った。呪文学の本だった。


【経過事象異文】と見出しがある。が、見出しだけで本文はもとより、別の項目や本文、すべて文字がない。【経過事象異文】だけがこの本で読める文字だ。


 どうやらわたしには呪文の存在を知らせることはできても施術方法、解術方法を知る権限がないようだ。この本にある呪文、すべて同じなのだろう。わたしにはこの本自体が高度過ぎるのだ。


(ありがとう)

と本を棚に戻した。本来、教えて貰えないはずのことを教えてくれた気がした。


 戸外に出ると温かな風が吹いていた。湿気を帯びているところを見ると雨が降るのかもしれない。早く行って、早く帰ろう。わたしは森に向かった。


 今日の小鳥たちはわたしを見ても無関心で、それぞれのお喋りに夢中だ。ここに足を踏み入れて三日目、もう珍しくもないという事か。


 ジゼェーラは、昨日、わたしが待っていたベンチに腰かけていて、すぐにわたしに気が付いた。そして(てのひら)をわたしに向けて、『来るな』と言っているようだ。わたしに向けた手とは反対の手に糸を持ち、それを地面に下げてじっと見ている。何をしているのだろう?


 暫くすると、そっと糸を引き上げ始めた。何か小さなものがぶら下がっている。ジゼルは〝ぶら下がり〟をベンチに置いた瓶に入れた。そしてすっくと立ちあがるとわたしを見て、嬉しそうにニッコリした。


「シャーン、帰ってしまわなくて良かった」

「帰ってしまう?」

「待たせたから。怒って帰るかと心配した」

「これくらいじゃ帰らないし、怒らないわ」

瓶をベンチに置き、ジゼルはわたしに駆け寄ってくる。


「シャーン、大好き」

そして抱き締めてくる。


 なぜだろう? 涙が出そうになったけど、それを引っ込めて、ジゼルを抱き返す。

「わたしも好きよ、ジゼル」

身体を離すと、瞳をキラキラさせてジゼルが言う。


「腐虫を釣っていた。シャーンが喜ぶかと思って」

「腐虫? なぜわたしが喜ぶの?」

「昨日、シャーンはじっと地面を見ていた。腐虫を見てたんでしょ? だから欲しがってると思った」

「そうだったのね。嬉しいわ」


 ジゼルの優しい勘違いに、わたしはなんて答えればいいのだろう。魔女のわたしは嘘が付けない。欲しかった、とは言えない。でも、その気持ちは嬉しかった。だから『嬉しい』と言葉にした。


 そんなわたしの心も知らず、ジゼルはわたしの手を引いて、ベンチに向かう。

「ほら、腐虫。パンで釣れるかと心配したが、巧くいった」


 手渡された瓶の中で、小さな生き物がごそごそと(うごめ)き、ハサミのような触手で、パンを粉々にしている。これが『腐虫』というものか。図で見た事はあるけれど、実物を見るのは初めてだ。


 森や林に生息し、生き物の死骸や枯れた植物、そんなものを砕いて土に混ぜ、それから食べる魔虫の一種だ。地の浄化を助け、水の浄化にも作用する。


「これが腐虫なのね。初めて見たわ」

つい言ってしまい、ハッとする。欲しがってなかったことが判ってしまう?


「この辺りにはたくさんいる。地面を掘ればすぐ出てくるけれど、土と引き離すのが難しい。危険を感じると土に化身(けしん)して見分けが付かない。こうやって、糸で釣るのが一番。土と引き離されると、なぜか化身の能力がなくなる」


「ジゼル、詳しいね」

「うん、森には虫、いっぱいだから。詳しくなった」


 そう言ってからジゼルはわたしを見て

「シャーンが腐虫を欲しがっていると思ったのはわたしの間違いだ」

と笑顔で言う。


「あ、ごめんなさい。あの時は少し考え事をしていたの」

「なぜ、謝る? 間違えたのはわたしでシャーンではない。わたしが間違えた。えっと、勘違いだ」


 ジゼルは腐虫を花壇に逃がしながら

「シャーンが持って帰ると言ったら困ると思っていた。土から出すと腐虫は一日で死んでしまう」

腐虫はあっという間に土に潜り込み、見えくなった。


「わたしが謝ったのは、ジゼルが悲しむと思ったからよ。わたしが喜ぶと思って、せっかくジゼルが捕まえてくれたのだから」

「ふぅん、そんなものか」

とジゼルがわたしを見る。


「なるほど、わたしはシャーンを喜ばせたい。だがシャーンはその期待に応えられない。そこでシャーンは謝った」

「そ、そうね。その通りだわ」


 この違和感はなんだろう。これは本当にジゼル?


「わたしが腐虫を捕らえたのは、シャーンが欲しがっていると思ったから。シャーンを喜ばせたかったのか? そこは判らない。だからシャーンは謝らなくていい。気にする必要もない」

そうなのね、とわたしは苦笑した。それにしても……


「ねぇ、ジゼル。なんだか今日はよく(しゃべ)るのね」


 するとジゼルがハッとして

(はした)なかった?」

と青ざめた。

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